第134話 ガブリエラとの再会
「ダイアナ? 確かなの?」
ダイアナが私に嘘をつかないことなどわかっている。それでも聞き返さずにはいられなかった。
「彼女の〈火魔法〉で爆発を起こされて……壁が崩壊しました」
「な、なんだと?」
副校長と教師陣が騒ぎになる中、ダイアナはいよいよ力尽きた。ベルンが左手を上げると、のそりと若い、目立たぬ容貌の男性が現れた。
ベルンは彼にそっとダイアナを預けて頷いた。男は頷いて、ダイアナを抱き歩み去った。
「クロエ様、エメル様、彼は我らの……次期様の手の者です。ご安心ください。ダイアナは確実に屋敷に戻り治療を受け、休息をとります」
私とエメルが小さく頷く。ベルンの言うことに間違いなどない。確かに、ベルンに残ってもらわねば困る。
ベルンはゆっくりと副学長を睨みつけた。
「なるほど。つまり殺人未遂ですね。副学長、すぐ捕まえていただきたい」
「さ、殺人……というわけではないのではないか?」
「ダンジョンという閉鎖された空間で爆発を起こし、二人の人間を閉じ込めた。我々が来るのが数分遅れていれば、閉じ込められたのがうちのダイアナでなければ、間違いなく二人の人間が死んだ。殺人でしかないでしょう? さあ、彼女はどこにいるのです?」
「え、ええと、他の生徒と同じく、帰したのでは……」
「バカな! 殺人を一旦棚にあげても、唯一の崩落の目撃者を帰したのですか? 警備隊も呼ばずに!?」
ベルンに任せると決めていたのに、思わず声を出してしまった。
『お粗末すぎる』
「今すぐ確保してください。でなければ……警備隊を呼びますが?」
ベルンの言葉に、副学長の顔が青くなった。
警備隊とは軍の一部隊で、王都の治安維持が仕事の兵士たちのことだ。王都の犯罪や揉め事を取り締まっている。
しかし通常、貴族間の揉め事は当人同士で解決、解決できない場合は自分たちよりも身分の上のものに仲裁してもらう。
それで解決できない場合、ようやく、やむを得ず警備隊を呼び……事が大きくなる。
しかし残念ながら、警備隊も大貴族たちに歯向かうことはできず、完璧な「正義」とは言えない。
とはいえ、伝統と格式を誇り、大勢の貴族の子どもを預かるリールド高等学校にとって、醜聞は最も避けたいものだろう。
「ふ、副学長! ガブリエラ嬢は寮生です!」
そばの教師が口を挟んだ。
「す、すぐに、身柄を確保します!」
「尋問はどちらでされますか? 当然私どもも立ち合いますが?」
ベルンが腕を組んで首を傾げた。
◇◇◇
まさか、このような事件を起こしておいて、内輪で話が済むと思っていたのだろうか? 被害者が有力人物でなければ、成績や卒業をちらつかせて被害者を黙らせるつもりだったのか?
生死の関わる事件だったことと、私たちの怒りをようやく感じる事ができたのか、ようやくテントの中はキビキビと動き出した。
ガブリエラを拘束するために、伝令鳥を寮に飛ばしたところ、ガブリエラはまあまあの荷物を持って、寮から外出しようとしていたらしい。慌てて捕まえたら、同行を拒否したために、無理矢理拘束したとのこと。
私、ベルンとエメルはガブリエラを閉じ込めた学校の会議室にたどり着いた。廊下まで女性の甲高い喚き声がこだまする。
『……集音』
エメルが小さく羽ばたいた。
「……だから、私は爆発なんてしていません! この理不尽な仕打ち、許しませんからね! 伯爵である父にも、ドミニク殿下にも抗議してもらいます!」
「ではなぜ崩落を目撃できたのかね? 我々は生徒が絶対に重ならないよう計算して入場させていたのだ」
「そんなこと知りません! 私は大きな音に驚いて振り向いたら側面の岩が崩れたのを見たのよ! 学校の落ち度を私のせいにしないで欲しいわ!」
「被害者が君の魔法発動を見たと言っている」
「……先生方、よもやまさか、平民二人の発言ごときで、私に罪があると言うのではありませんわよねえ」
「はあ。限界です。これ以上は時間の無駄。入室してよろしいですか?」
ベルンのこめかみがひくついている。
「待って、ベルン。私が」
私はノックもせず、ガチャリとドアを開けた。
「お久しぶりね。ガブリエラ様」
今年度初めて顔を合わせる校長と、先程からの副校長がソファーに座り、その正面にガブリエラが座っていた。そして、女性含め、教員が四人取り囲んでいる。
「く……クロエ様……嘘……こうなる前になんとかしてくれるって……」
私は考える暇を与えぬように、立て続けに質問した。
「ねえ、なんでローゼンバルクのダイアナを、殺そうとしたの?」
「そ、そんなことしてない! していません!」
「じゃあなぜ、わざわざダイアナが来るまで待ち伏せていたの?」
「待ち伏せてなどいないわ!」
「ガブリエラ様が、ダンジョンの崩壊を目にして、報告してくれたんでしょう? あなたはダイアナよりも五組も前です。正解の道は一本しかない親切なダンジョン。待ち伏せたとしか思えない」
「ちょ、ちょっと、体調が悪くなって、休憩してたのよ」
「ダンジョンで休憩するくらいなら、急いで脱出するんじゃ?」
「脱出できないくらい、お、お腹が痛くなったの!」
「それならリタイアするでしょう?」
「え、演習を軽々しく、リタイアできるわけないじゃない!」
私はゆっくりと彼女の隣に歩み寄る。
「ねえガブリエラ様、ダイアナが生き埋めになったと、間違いなく私に伝わるには、あなたじゃないといけなかったんだろうな、と思うのよ。タイミングよく、あなたがいあわせて、証言することも大事だったのね」
「なんの……話かしら?」
ガブリエラが困惑したふうに、眉根を寄せた。
「私たちは学校に全然出てこないから、あまり顔が売れてないはずなの。特に他のクラスであれば尚更。ダイアナなんて、昨年数日しか登校していないのよ? 注意して記憶に留めている人いないんじゃないかしら。でも、私を足止めするためには、被害者がダイアナだと間違いなくわかる人間が必要だったんでしょうね……」
『そして、岩盤を壊せる魔法を使える人間……だね』
エメルの言葉はもちろんガブリエラには届かない大きさだけれど、エメルの威圧は伝わったのだろう。ガブリエラがビクビクと体を震わせた。
「ガブリエラ様はダイアナの顔、しっかり知ってるものね。ドミニク殿下のお呼び出しのとき、一緒だったもの。あの時……私の力を見せつけたつもりだったんだけど、なんでこんなマネしたのですか?」
「な、何を言ってるか全然わからないわ。とにかく、私は目撃して知らせただけよ。褒めていただきたいくらいだわ! ダンジョンが崩れたことは、学校の不備よ!」
「だ、ダンジョンに不備などないっ! 事前に何度もチェックしたわ! あなた、この学校は王立よ!学校を中傷して許されると思っているの?」
これまで会ったことのない女性の教師が抗議する。彼女が〈空間魔法〉使いだろうか?
「な、何よ。私は先生方よりもずっとずっと王族の方々とパイプがあるもの! 問題ない!」
確かに、ドミニク殿下と恋仲のガブリエラには太いパイプがあるだろう。
「つまり『ガブリエラ様が〈火魔法〉で爆破した』と証言した、うちのダイアナが嘘を言ってるのですね」
「そ、そうよ」
『……バカな女だ』
エメルが敵認定した。ドラゴンと二度も敵対した彼女にもはや救いの道はなさそうだけれど、とりあえず証言を取るまでは、エメルに大人しくしておいてほしい。そっと手をエメルの口にあてた。
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