第132話 ダイアナの危機

「ちょっと待って……」


 思わず額を押さえる。ダイアナは絶対無事だと確信している。彼女はマスターだ。街中のダンジョンから降ってくる岩石くらい、ダイアナの紙は止められる。


「学生相手の演習ダンジョンが崩落? ありえないでしょう? ここまでリールド高等学校は落ちぶれているの?」


『そもそも人工のダンジョンだ。崩落が起きたとしたら、それも恣意的なものじゃないのか?』


「人工とは、確かですか?」

 ベルンがエメルに確認する。


『間違いない。中のどこにも、天然物ならば本来あるべき不可思議な空間の歪みがなかった』

「つまりわざと、崩落を起こしてダイアナを閉じ込めたってこと?」

『どうしても……足止めしたかったんじゃないの?』


 ダイアナを?……つまり、私を?


 だとしても……みすみす敵の罠の中に入ることになるとしても……


「……戻るわ」


「後処理は手前共に任せて、クロエ様はローゼンバルクに先に戻るという選択肢もありますが……言ってみただけです」

 ベルンがはあ、とため息をついた。


「どこのどなたか存じませんが、ダイアナを嵌めたということは、ローゼンバルクを敵に回した、ということだとわかっているのでしょうかね」


「馬で行く。トリーには連絡だけ入れて来ないように伝えて。トリーと私たちのつながりは、隠せる間は隠したいから。トリーには学校でおかしな動きをするものがいないか、注意してほしいと」


「そのように」

 私はエメルとベルンとともに、もう一度制服に着替えて学校のダンジョンに舞い戻った。




 ◇◇◇




 学校敷地内であるダンジョンの出口周辺は松明がたかれ、教員や学校のスタッフと思われる人間が十数人集まっていた。


「救出のメドくらいは立ってるのかな?」

「どうでしょうね。クロエ様、ひとまず私にお任せくださいますか?」

「もちろん。ベルンの指示があるまで黙ってる」

 交渉事は百戦錬磨のベルンに任せるに限る。


『しかし……ダイアナはおそらく怪我一つしていないだろうが、酸素があるか心配だ。クロエはとりあえず、草をダンジョンに走らせろ。ダイアナならば、クロエの草を見つけたら、何らかの行動を取るだろう』

「わかった」


 私は、ローゼンバルクでもトトリのような北部の、寒い地方でしか見かけない……つまりここ王都に自生していない……葉の縁がギザギザしている蔦の種をマジックルームから出して、そっと地面に落とし、踏みつける。


「成長、採掘!」


 〈草魔法〉と〈土魔法〉を同時に発動し、足から一気に魔力を流す。地下をものすごい勢いで蔦が走り、ダンジョンに突入した。


「拡散」


 蔦があっという間に枝分かれし、方々へ這いのびる。


「おまたせベルン」

「では行きましょう」



 私は、ベルンのすぐ後ろをついていった。一番人が集まっているところに歩み寄ると、さっと道が割れた。奥で座っている中年の男性は、確か副校長、だったか?


「連絡を受けてまいりました。私はローゼンバルク辺境伯より、王都での全権を任されているベルンと申します。学校が嫡男ジュード様の側近であるダイアナを無事に帰宅させなかった此度の事、非常に由々しき事態だと考えております。それで、状況と救出の見込みは?」


 ベルンが不穏な圧力を撒き散らしながら、自分がただのお使いや護衛でないことを表明する。事実だ。


「あの生徒……ただのクロエ嬢の下働きではなかったのか? 嫡男の側近?」

「辺境伯は孫を溺愛しているという話は伝え聞いている……大事な孫ゆえに次世代の幹部をつけていたということか?」


 周囲の、策もなさそうに突っ立っていた人々がざわめいた。


「先生方、お静かに! 私は副校長のビルダーです。 ええと……連絡では、ダイアナさんが今回の演習であるこのダンジョンを攻略していると、不意に側面の壁が崩れ、ペアの生徒と二人、閉じ込められたそうです」


 ベルンが小さく会釈した。


「見たところ、このダンジョンは人工物。崩れるようなお粗末なものに、未成年の生徒を立ち入らせたのですか? 家族は皆、学校は安全な場所と信じて預けているのに?」


「崩れるはずがないのです! 〈土魔法〉や〈岩魔法〉、〈空間魔法〉のマスターレベルの教師陣が数年がかりで作ったものなのです! これまでこのようなことはなかったし、事前の検査でもなんら問題点はなかった。なのに……」

 副校長は、心配……というよりも、困惑してるという風だった。


「なぜ、ダイアナのペアが巻き込まれたとわかったのですか?」

「その、すぐ前を進んでいたペアが、土壁が崩れ、閉じ込める様を見ていたのです」


「え?」

 事前の説明では、他の参加者と重なることはないと言ってたのに?


『そいつらだろ、どう考えても』


 その時、ピンっと、私の蔦が突っぱった!

「見つけた! ダイアナが蔓の先を何かに結びつけてる」

『待て、オレもクロエの蔦に這わせてそこに茎を送る。酸素を補充しよう。……よし、クロエは引き上げて!』

「うん」


 私は慎重に自分の蔦を足元から回収し、ベルンの背中に隠れて握りしめた。やはり、ダイアナの強化された紙が結ばれていた。


 私の大したことのない〈紙魔法〉を流し開封する。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ダンジョン内で前のペアに待ち伏せされ爆破される。

 閉じ込められて約四時間

 二メートル四方の空間に同伴者と二人

 同伴者、落石に当たり負傷。動けず。

 酸素残り僅か。猶予なし。

 合図がありしだい、紙のシェルターを作成

 強度レベル70予定

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『有能だな』

「ダイアナだもの」

 私はそう言って、ベルンの袖をそっと引っ張り、ダイアナのメモを見せる。

 ベルンはモノクルを光らせて一読し、小さく頷いた。


「で、現在の救出作業の状況は?」


「空間魔法師のニケル先生と、土魔法師のガレダ先生に、これ以上壊れぬように現状維持をしてもらっている」


「そして?」


「そして、もう一人、土魔法師が揃えば、別の入口を開けて、そこから掘削し救出しようと……」


「それで?」


 副校長が急に私と目を合わせ、捲し立ててきた。

「く、クロエさん、いや、クロエ辺境伯令嬢! どうか! どうか力をお貸しください! あなたは〈土魔法〉マスターであると、噂で聞きました!」


「……まさか、関係者であるクロエ様を働かせようという腹づもりですか?」

 ベルンが呆れたように、目を丸くした。


 それに対し、副校長はかおを歪め、

「……学校には他に適任者がおらんのです」


「ならば、正規のルートで魔法師を斡旋して貰えばよろしいでしょう? まさか……金を惜しんだわけではないでしょうね?」


「誓ってそのようなことは! ただ、正規の依頼だと時間がかかり……」

「当然、このような緊急事態の時はすぐに人材を出す! という規約になっておりますよ?」

「そ、そうなのですか……」

 副校長の歯切れが悪い。


「なるほど、つまり、国の最高学術機関が、他に魔法で頼るのは面子が立たないというわけですね。あなた方は武の最強集団であるローゼンバルクを動かすことが、どれだけ高くつくかわかっていないようだ。今回の慰謝料と合わせて請求しますので」


「慰謝料?」


 ベルンが眉を顰め睨みつける。

「……当たり前でしょう! 想定外の事態への危機管理能力のなさとしょうもない面子のために、うちの側近は四時間も閉じ込められているのですよ!! ああ、もう一人の同じ立場の親御様もお気の毒に。今どちらに?」


「ま、まだ呼んでおらん……平民であるし、救出後に呼べばよいかと……」


「え!」


 ベルンに任せ、ずっと黙っているつもりだったが、思わず叫んでしまった。

 あまりに……この人たちは、能天気すぎる。




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