第39話 4対1000


 狼の谷ダンジョンを順調に攻略していくサトルのチーム。


 最初にダンジョンに入って27階層まで突破し、一度戻って休憩を取った後、再び攻略を再開。


 あっという間に28階層と29階層をクリアし、今は30階層に降りる扉の前に立っている。


 ここまでサトルにとって脅威になるような存在も戦闘もなかった。


 物足りないかといえば嘘になるが、このダンジョンは個々の強さを競うのではなくチームワークを高める場所。


 ここまで新たなスキルやアイテムは取得できていないし、今までにないスキルが必要となる場面にも遭遇していない。


 つまりそういう意図があるのだろう。




「やっぱりこの世界のダンジョンは、俺たちのスキルアップの目的のためだけに作られているんだな」



 サトルは最後の休憩中にふと呟いた。



「そうねぇ、よくあるラノベとかだと、ダンジョンは宝が隠されていて、冒険者が命を賭けて探索するようなものよね。ここではそういった雰囲気はまったくないわね。それもそれで不思議だわ」



 エリも何かに気付いたようだ。



「そうなんだよ。異世界で剣や魔法のファンタジーって言えば、ギルドやランク、冒険者ってのが当たり前だ。だがこの世界にはギルドもなければ冒険者もいない。なんか意外だよな」



 マッキーも以前から感じていた疑問を口にする。



「そもそもラノベにあるような、ギルドシステムや冒険者とかランク制度は、地球や日本のアイデアであって、別の世界で同じように存在するわけはないからな」


「レベルにしてもそうね。レベルって概念があるのは、この腕輪を付けている私たちだけだし、この星の住民はレベルもスキルも魔法もほとんど知らないから」


「そのあたりは何か理由があるんだと思う。何かはわからないけど。ただ、それがこの世界の核心に繋がっていく気もするんだよな…」




 サトルの考えは確かに真実に近づいている。しかし現時点ではそれが何か、そして自分たちを待ち受ける運命は何か、4人は想像もできなかった。




「よし時間だ。行こう」



 あらかじめ決めていた休憩時間が終わったので、4人はそれぞれ装備を手に立ち上がる。


 4人のそばで眠るように横になっていた4匹の召喚獣もまた、むくりと立ち上がった。



“時間ですかラ。もう少し休みたかったですラ”



 サトルの召喚獣ボンはあくびを噛み殺しながら体をほぐしている。



「ボン。再確認だが、30階層はボスが不在で、扉を開けた途端に1000匹の狼が襲ってくるんだな」


“はい。そうですラ。休む間もなく襲い掛かってくるので、しっかりと決めていた立ち回りを徹底してくださいラ”



 この狼の谷ダンジョン最下層の30階層は、1000匹の狼との戦いになることは事前に聞かされていた。


 ゆえにサトルたちは念入りに戦略を練り、装備も含めてこの戦いに備えてきた。



・まず窪みのような場所を探して陣を作ること


・ワカナとエリは壁を背にして背後を取らせないこと


・絶対にバラバラにならないこと


・エリは遠距離魔法で遠くにいる狼を狙うこと


・マッキーはエリとワカナの前に立ち近距離の狼のみを攻撃すること


・サトルは1000匹の狼の中で特に強そうな相手を優先的に倒すこと


・ワカナは絶えず防御魔法をかけ続けていくこと


・召喚獣は4人それぞれをサポートして戦うこと



 さらに様々イレギュラーも想定し、アイテムも魔力回復のポーションを多めに購入して用意している。



「大丈夫。俺たちならやれるさ」


 サトルは緊張のかけらも見せることなく、笑顔で扉を押し開いた。






 エリはすぐにわかった。これはヤバイ空間だと。


 膨大な数の獣が、しかも腹を空かせた表情で、よだれを垂らしながらこちらを向いている。


 そして4人を見つけると先頭の狼が叫んだ。



『『『『『『ウォオアオオウオウオウエ~!!!!!!』』』』』



 すると部屋中から同じような叫び声が響き渡り、大量の足音が地響きとなって4人に向かってきたのである。



「エリ!こっちだ!この場所にする!」



 サトルの声で一瞬にして現実に引き戻されたエリは、急いで3人の元へ駆けていった。


 そして壁を背後に場所を確保すると、急いで詠唱の準備に入る。


 まだ狼たちは現時点でサトルとマッキーの射程には届いていない。遠距離からくる狼への攻撃は自分の役割だ。



 それぞれが場所を確保すると、まずワカナが僧侶の防御魔法である「守りの壁」を発動。全員の防御力がアップした。


 レベルが29の今なら、かなりの耐久力が期待できる。



 それを見たエリは、集中して「火球砲弾」の詠唱に入る。エリもレベル29ということで、同時に発現させる砲弾の数も威力も大幅に上がっている。


 群れの先頭集団がエリの攻撃範囲に到達した時、エリは両手で握りしめた赤龍の杖を掲げ、火球砲弾を狼の群れに向かって撃ちつけた。


 同時に30本ほどの砲弾が群れに向かって飛んでいく、初激の直撃は20、そしてその半数に致命傷を与えた。


 しかし4人に慢心はない。


 まだ990頭の狼を倒さなければならないからだ。





 エリは計画通り、最初の一撃を放った後、効果を確認せずすぐ二発目の詠唱準備に入っていた。


 詠唱の時間が長ければ長いほど、生み出せる火球砲弾の数も威力も上がることはわかっている。


 そしてここでサトルが前に出れば、エリの火球砲弾が誤爆する可能性もあり、この遠距離ではエリの魔法のみで攻撃を続けることになっている。


 連続魔法の詠唱は術者にとってかなりの負担だが、他の階層で練習を重ねたこともあり、今のところ順調に攻撃を加えることができた。




 そしてサトルが決めた第二防衛ラインを狼の群れが突破した時、いよいよサトルが前に出る。


 その光景を見てエリは一つ息を吐き、


「休憩ね。頼んだわよ」


 と魔力回復ポーションを口にした。



 エリが倒した狼はおよそ120頭。



 まだ道のりは長い。







 1000匹の狼との対決が始まりおよそ2時間が過ぎた。


 何頭倒したかまったくわからない中、4人は緊張感を切らすことなく戦い続けている。


 召喚獣も戦闘には参加しているが、過剰な力は見せていない。


 これは召喚獣だけで倒しては意味がないからだろう。


 ただその件は事前にボンたち召喚獣から言われていたことでもある。



“私たちはどんな場面でも全力を出せるわけではありませんラ。おそらくこのダンジョンでは足手まといにならない程度でしか動けませんラ”



 ゆえにサトルたちは最初から召喚獣たちを戦力に数えていなかった。


 このダンジョンで必要なのは4人のコンビネーションを高めることだからだ。




 今の時点で戦略は間違っていない。


 エリもワカナも大きなダメージを受けていないし、目の前の最終防衛ラインを突破されても、マサノリとマッキーが完全に対処している。



 中でもサトルは惚れ惚れするような戦い方を見せている。


 マッキーとエリの攻撃範囲から外れる、ちょうど中間地帯を縦横無尽に駆け回り、レベルが上がった探索魔法で特に強そうな個体を各個撃破。


 その戦い方は危なげがなく、おそらくどの先行プレイヤーにも真似できない動きだろう。


 800匹以上の狼を倒したあたりだろうか、相手の攻撃が弱まった。




「奴らは戦法を変えてくる可能性がある。まずポーションで魔力の回復、それからワカナは守りの壁を張りなおす用意を。エリは魔法の詠唱準備をしてくれ」



 サトルは現状を整理しながら、相手の攻撃パターンを分析していた。


 最初は無計画に突っ込んできていると感じたものの、途中から規則的な動きをしているように思えてきたのである。


 そしてこのタイミングでの切り替えは、おそらく意味があると感じていた。



「さすがに少し疲れてきたわね。ワカナは大丈夫?」



 エリが肩で息をしながらワカナの方に振り向いた。


 しかしワカナの表情は固い。



「え、え、なんとか…。これだけの数はちょっと…」



 周囲を見渡すと狼の死体が山積みであり、ワカナにはちょっとグロいといったところか。



 あたりを静寂が支配する。



 狼の声も聞こえない。



(なんだ、何かが起きようとしている?)



 サトルは周囲への警戒を高めながら、全方向に探索をかける。


 すると、まさかの事態が起こった。




『ゴゴゴゴゴゴ…』



 いきなりダンジョンが揺れたのである。



「こ、これは地震か!」


「ヤバイんじゃないか、かなりデカイぞ!」



 4人は壁を背にしているが、その上の方が崩れそうになり、小石が落ちてくる。



「この場所はマズイ。一度広い場所まで移動し…」



 サトルが全員を壁から離そうと声をかけた瞬間、いつの間にか狼の群れが襲い掛かってきた。



「やつらはこれを待っていたのか!」



 壁が崩落したが、ダンジョンはまだ揺れている。


 現時点で壁を背に戦うことはできない。



「楽はさせてくれないみたいだ。みんなパターンBでいこう!」



 サトルは3人にそう呼びかけ、ワカナを中心とした円形陣を組んだ。



 もともとサトルは、この階層に壁がない場合や、この状況よりも酷い状況も想定し、5つのパターンを用意していた。


 壁を使った優位性はなくなったものの、周囲に狼が姿を隠すような障害物はなく、サトルにとってこの状況は想定内だったのである。



「よし、これで一気に片を付けよう。みんなあのスキルを使って構わない!」



 サトルが指示を出したのは、遺跡クエストで獲得した特別なスキルの使用だ。


 どれもかなり強力なスキルだが、使用回数と時間制限があって使いどころが難しい。


 しかし周囲に群がる狼の数を探索魔法で確認したところ、残りは約200匹、これでほぼ全部ということがわかった。


 ならば出し惜しみはするべきではない、と。



 サトルは対象の速度を低下させるスキル「レイエン」を展開、それが合図となった。



 サトルの指示を受け、ワカナはまず準備していた守りの壁を発動、そして仲間のステータスを瞬間的に向上させる特別なスキル「ロリット」を展開。


 4人の攻撃力、防御力、速度、魔法力、判断力などが一気に向上する。



 そしてエリも強力な炎のスキル「ルヴィオ」を展開し、前方の群れに撃ち込んでいく。



 マッキーが得た特別なスキルはこの混戦向きではないが、もともと獲得していた「身体強化」と「空断斬撃」で絶え間なく相手を切り刻んでいく。







 そして一方的な戦いがおよそ30分続き、サトルたちは1000匹の狼をすべて倒した。


 狼の谷30階層の制覇、そしてレベルは30に達したのである。





 それはマサノリたちの想定を大きく上回る、5日目の朝だった。



「管理室の奥の深い雑談」へつづく

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