第88話 予期せぬ足止め・下
地鳴りのような音がやんで車体が止まった。
周囲には網棚から落ちた荷物やそれぞれの装備品、それとガラスの破片が散乱していた。
テレーザは俺の腕の中で身をこわばらせている。
「大丈夫か?」
「ああ……大丈夫だ、すまない」
テレーザが怯えたように縋りついてくる。
車両が横倒しになっていて、椅子が真横に窓が真上になっていた。
「何が起きた?」
「脱線したらしいな」
「全員、無事か!」
アグアリオ団長の声が響いて、それぞれから返事が上がる。
とりあえず、頭上のガラスを割って外に出た。
車体の上に立って周りを見渡すと、線路から外れた路線汽車の車体が蛇の死体のように横倒しになっていた。
「手を貸してくれ、ライエル」
「ああ、すまん」
手を伸ばしてきたテレーザの手を掴んで引き上げる。
「怪我はないか?」
「ああ、大丈夫だ……しかし、これはなんなんだ?」
テレーザが聞いてくるが……なんでこんなことになったのかは俺にも分からない。
他の車両からも師団の団員が出て来る。
流石に精鋭揃いなだけあって大怪我をしたり取り乱したりしている者はいない。
別の車両に乗っていたラファエラやノルベルト達の姿も見える。
「治癒術を使えるものと何名かは乗客と運転手の様子を見てこい」
アグアリオ団長が命じて何人かが他の車両にちっていく。
暫く見ていると、他の車両から20人ほどの乗客がこっちに歩いてきた。
何人かは怪我をしているが、まあ命に別状はなさそうだ。
◆
「ライエル、こっちへ来い」
アグアリオ団長が手招きして、地面を指差した。
「なんです?」
「これを見ろ」
硬い赤みがかった土の線路の下だけが不自然にくぼんでいた。
おそらくこのくぼみに突っ込んだんだろう。
太い鉄の線路がひん曲がっていて、補強の石と枕木がくぼんだ部分に散らばっていた。
「どう思う?」
質問の意図はわかった。
線路の下の一部分だけが不自然にくぼんでいる。
周りは硬いままなのに、凹んだ部分だけが泥濘んだようになっていた。
土系統の錬精術でこういうのはあったと思う。
偶然の自然現象には思えない。
「誰かが意図的にしたもの……にも見えますが」
「私も同感だ。周囲をさぐれ」
「了解です」
見回した感じでは特に何かがいる気配はない。
だが油断はできない。木立の中に何かいるかもしれない。
ただ、探知の風を飛ばすが、やはり何がいる気配はなかった。
「どう思う?……魔族だと思うか?」
「かもしれません」
探知の風はあくまで物理的に存在しているものを探知することしかできない。
魔法とかで姿を隠されていたら分からない。姿を隠す能力を持つ者がいても不思議じゃない。
「最悪の場合を想定したほうがいいと思います」
土属性の練成術師が通りすがりに穴を開けて脱線させたなんてことはないだろう。
もし昨日からすでに穴が空いて脱線が起きたのならば、連絡が入っていないのはおかしい。
俺たちを狙ったという可能性はある。魔族には知恵がある。街の周りでは見つからなかったが、いないとは限らない。
待ち伏せしてくることはありえるかもしれない。
「どうすべきだと思う?意見を言え」
団長がいつも通りの口調で聞いてくる。
「迎え撃つか、移動するかって意味ですよね」
「そうだ」
この人の中ではもう魔族がいるということは確定って感じだな。
確かに、この状況で偶然こんなことが起きた、運が悪かっただけだ、と考えるのは流石に甘い考えだろう。
空を見上げる。すでに空が赤く染まり始めていた。
もうじき夜になる。
今はどの辺にいるのか分からないが、
見渡す限り緑と茶色の斑の丘陵で、所々に木立が並んでいる。
見通しがいい周囲にはちょっとした動物と鳥が見える程度で人影は見えない。
もし俺たち師団だけなら街まで歩くのも手だ。ギリギリで夜までに街まで戻れるだろう。
問題は、今はほかの乗客が居ることだ。彼らを連れて歩くとなれば、難しい。
「ここで野営して迎え撃つのがいいと思います」
「理由は?」
「もしこれが偶然なら野営しても何も起きません。あした朝早くに街に戻ればいいだけです。
もし魔族が仕掛けてきた罠なら、移動しても野営してもどこかで襲ってくるでしょう。なら警戒を万全にして迎え撃つほうがいい」
もしこれが魔族の仕掛けだとしたら。
移動中に襲われるのはまさに最悪だ。なら最初からここで迎え撃つ方がマシだろう。
「理にかなっている。流石だ」
アグアリオ団長がぽんと俺の肩を叩いた。
「諸君、聞け!」
そう言うと乗客も含めた全員が団長の方を見た
「今から街に戻るのは難しい。ここで野営の上、明日の朝、カモンリスに戻る。夜の移動は危険だ。
乗客の諸君は車内にいてもらう。団員は警戒にあたる。いいな」
団員たちが応じるが、乗客たちは不安そうだ。
こんな状況はあまりないから仕方ないがこればかりは我慢してもらうしかないな。
改めて陥没した地面を見た。
硬い地面と沼地のような部分が線でも引いたかのようにくっきり区切られている。自然にできたものじゃない。
何かがいる。間違いなく。
「魔族か?」
テレーザが聞いてくる。
「ああ……おそらく夜に襲ってくる」
あえてここで俺達の足を止めたのは、援護を求められない状況を作って夜の戦いに持ち込んでくるつもりだろうが。
しかも足手まといの戦えない乗客を巻き込んできている。
今までの魔族とは違う。質の悪そうな相手だ。
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