第27話 もう一人の魔法使い
4回目の討伐はゴブリンの巣の攻略だったが、これもあっさり片が付いた。
風で守り時間を稼いで、テレーザの魔法で仕留める。この形は完全に定着した。
こっちも詠唱がどのくらいなのか大体把握できたから、守り方も分かってきた。
詠唱の長さという難点はあるが、単体攻撃、範囲攻撃と多彩な攻撃魔法を操る、大した魔法使いだと思う。
テレーザは今日は郵便局に行っている。また何かアレクト―ル魔法学園から書簡でも着ているんだろうか。
剣の手入れをして風の行方亭に戻ると来客がいた。
●
マスターが教えてくれた客。
そこそこに客が入っている夕方の風の行方亭の片隅のテーブルにその来客は座っていた。
「初めまして、ライエルさん」
礼儀正しくそいつが椅子から立ち上がって握手を求めてきた。
こっちも手を握り返す。
栗色の長い髪はきれいに整えられていて、いかにも育ちのよさそうな顔には温和そうな笑みが浮かんでいた。
見た感じはテレーザより少し年上っぽいが、立ち居振る舞いがもう少し上に感じさせる。
見たことがない奴だが、着ている装備は明らかに上質だ。
髪の色に合わせたのか、茶色の短めのマントに動きやすそう皮鎧を着ている。どっちも文様が入っているところを見ると魔法の防具だろうな。
すらりとした長身はなんとなく戦士っぽく見えるが。
右手には手にはそれぞれの指に指輪がはめられていて、魔法陣を描いた手袋がはめられていた。
テレーザは杖を持っているが、それに近いものだろう。
魔法使いか。
後ろには二人の男が従っている。
雰囲気的にはおそらく前衛タイプだろう。前衛二人と魔法使いの組み合わせ。いい編成だな
それぞれかなり腕が立つだろうというのはなんとなく伝わってきた
「ああ、初めまして」
「私はローラン。ローラン・ソウザ・ヴァレスと言います」
冒険者はベテランや高ランクだから強いとは限らない。
高い恩恵に恵まれ、よい師匠に恵まれてそれを磨けば、若き強者は珍しくない。
ランクは実績に応じてその後上がってくるわけだ。
「あなたは非常に優れた錬成術師であると聞きました。
単刀直入に言いましょう、私のパーティに参加していただきたいのです」
●
正直言って意外な申し出だ。
改めて記憶を探るが。こいつに会ったことは無いし、アルフェリズの冒険者ギルドでも見たことのない顔だ。
ほかの町から来たんだろうが、なぜ俺に声を掛けるのか
「報酬の支払いについてですが、月に6000クラウンの保証契約ではいかがでしょう?」
「なんですか、それは」
「王都の方で最近新しく出てきたパーティ編成時の報酬形態です。報酬の頭割りの計算に入れない代わりに定額の報酬を保証するというものです」
「なるほど」
頭割りに入れない代わりに報酬を保証してくれるわけか。そのやり方なら俺みたいなのが配分の関係で弾かれることもない。身分的に安定するのは助かるな。
討伐の数は増えるかもしれないし大きく稼ぐことはできないが、報酬がイマイチな時でも定額を貰えるのはありがたい。
色々と考える奴はいるもんだ
「如何でしょう、悪い話ではないと思いますが。
我々のパーティとしても生存のためには防御に優れた者はいてほしいのです。契約期間は2年」
……悪い話ではない。
テレーザはアレクト―ル魔法学園の生徒で今はたまたま魔法実技でここに居るだけだ。いずれはこの町を去っていく。
またそのときに俺は新しいパーティメンバーを探すか、既存のパーティに加わらないといけない。
月6000クラウンの保証で、2年か。むしろかなり魅力的だな。
「無論、これにはこの町以外への移動も含みます。我々はアルフェリズのパーティではない。できれば早く加入してほしい。可能なら今すぐでもね」
そう言われた時、テレーザの顔が浮かんだ。
あいつはいつまでここに居るんだろう。できれば区切りまでは付き合いたいとは思うが。
「戻ったぞ」
考えているうちにテレーザが帰ってきて、入ってきた彼女が固まった
●
「なぜお前が……ここに居る?」
普段の冷静な顔がはっきりこわばっていた。
「私が魔法実践に出ても悪くないでしょう?あなたもしていることですよ、首席殿」
温厚な顔に笑顔を浮かべてローランが言う。
その言葉でわかった。
こいつもアレクト―ル魔法学園の生徒なのか。冒険者ではなく。
テレーザが深呼吸して改めてローランを見た。
「それで、一体何をしている?」
「パーティ勧誘ですよ。ライエルさんとね」
「なんだと?」
「冒険者がより良い条件を提示するパーティに加入するのは悪いことではないでしょう」
ローランが落ち着いた口調で言い募った。
「防御に優れた錬成術師は今や貴重だ。私の旗下にぜひ欲しい人材です」
「だが……ライエルは」
「あなたも彼に手付を払ってパーティに入れたと聞いていますからね。私がより好条件を出して問題ないでしょう?」
テレーザが真っ青な顔で震えている。
「ライエルさん、如何です?」
ローランがこっちを向いて答えを促してくるが……
「許さない!!」
●
不意に聞こえた声がテレーザの声だと一瞬分らなかった。
いつもの感情を抑え込んだような淡々とした口調とは全く違う……こんな声を出すとは想像もしなかった。
テレーザがこわばった顔で俺とローランを睨む。
「そんなことは許さない。こいつは、ライエルは……私のものだ。私の……」
そこまで言ってテレーザが言葉に詰まって下を向く。そのまま走って出て行ってしまった。
ローランが肩をすくめる。
「困った首席殿だ。ではライエルさん、よろしければ契約書に署名を……」
「いや、少し待ってほしい」
「なぜです?」
「パーティから外れるときにはきちんと話をする、それが冒険者の礼儀だ」
そう言うとローランが肩をすくめて椅子に座った。
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