54

 二時間カラオケを満喫して、正和や恭介は彼女とデート。立野達とも駅で別れ、俺は北条と二人きりになる。


 艶やかな着物姿の北条に、行き交う人の視線が集中する。駅の構内を歩いていると、慣れない草履に躓いた北条。草履の鼻緒はプツンと切れてしまった。


 俺は瞬時に手を差し伸べ、北条の体を支える。


「北条、大丈夫?」


「……どうしよう。鼻緒が……」


「困ったな。呉服屋さん開いてるかな」


「……いいよ。お母さんに電話して、草履を持ってきてもらうから。そこのカフェで時間潰すわ」


「だったら、お母さんがくるまで付き合うよ」


 俺は北条の手を取る。北条はうさぎみたいに片足をぴょんぴょんさせながら、カフェに入った。


「光月君、付き合わせてごめんなさい」


「気にしなくていいよ。どうせ暇だしね」


「林さんとはデートしないの?」


「和とはまだデートできる状況じゃないし、勉強が忙しそうだから」


「私、光月君のこと誤解してた。光月君はモテるから、複数の女子と平気で付き合うタイプだと思っていた。でも違ったんだね。光月君は一途で情熱的な人だった」


 そんなに褒められると、さすがに照れるなあ。


「改めて、光月君のことが好きになった」


「き、北条、俺は……」


「わかってるよ。林さんが好きなんだよね。『彼氏』に昇格してなければ、猛アタックしたけど、さすがにやめとくわ」


 北条は「クスクス」と笑った。

 俺もつられてヘラヘラと笑った。


 ――その時、背後からトントンと肩を叩かれた。


「お兄さん、こんにちは。お邪魔だと思いましたが、見て見ぬ振りをするのも失礼なので」


 この生意気な口調は……!?

 まさか……!


「……っあ、が、が、学ちゃあん」


 振り返ると、そこにはスーツにネクタイをしてピシッと髪型を七三分けにした学一。そして……その背後には、和のご両親が怖い形相で立っていた。


 俺は思わず立ち上がる。

 ガタンとテーブルが大きな音を立てて、コーヒーカップが揺れた。


「……お、お父さん!」


「君にお父さんと呼ばれる筋合いはない」


「す、すみません。あけましておめでとうございます。えっと……和さんは……」


「和は正月も返上で勉強してるよ。美しいお嬢さんですね。君の交際相手ですか。彼女がいながらよくもうちの娘を……。和をこれ以上惑わせないで欲しい。和は今が一番大事な時なんだよ。心を乱さないで欲しい」


「……いえ、彼女はその……」


 その時、北条がスッと立ち上がり、俺と手を繋いだ。


 な、な、なんでだよ。


 言い訳する間もなく、和の家族は俺に背を向けてカフェを出て行く。


 なんてことだ……。


 俺はもう……終わった。

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