第40話 真人の天秤【→side:M→】

 「どうぞ。」


 玄関を開けると先月より少しだけ薄着になった友紀さんが立っていた。

 といってもコートが少し薄くなっただけだけど。

 3月はまだ寒い。ギリ埼玉だけどね。東京の人からはどんな北国だとバカにされる事はあるけど。

 いやそれ、栃木や茨城は東京からしたらどんな田舎に思われてるんだよ。


 「お邪魔します。」

 靴を揃えて玄関を上がる。

 友紀さんを招き入れると、コートを受け取りクローゼットにかける。

 俺まるでコンシェルジュ。呪われた宝石の支配人じゃないよ。そんな奇跡とか軌跡とか鬼籍とかないからね。


 うおっほん。

 心の中で一人ボケツッコミしないと緊張で胸が張り裂けそうなんだよ。

 脳がはちきれそうなゴステロ様とは違うんだよ。


 脳内にいる黄昏の賢者は結局答えをくれなかった。

 噴水がないからテーブルの周りを11回回ってみたけれど、距離と歩数が圧倒的に足りない。

 そもそも俺マドモアゼルじゃないし。


 テーブルに案内しようと思ったけど、いくら正面に迎えたとしてもその1mに満たない距離が遠く感じる。


 テレビのあるソファに案内する。

 ソファの前には小さなテーブルがありその向こう側にテレビがある。

 何もつけていないのでソファに座ると画面に姿が映る。


 この日の為に入手したマリアージュフレールの紅茶セット。

 

 マルコポーロを淹れた。

 様々な困難を乗り越えるという意味ではこれからの自分達に合うだろう、そう思ったからだ。

 どうせなら過去を語り合った後にこそだろ?というツッコミがありそうだが…

 ちゃんとお互いを受け入れられたら出そうと思ったものがあるから良いの。


 花と果物の甘い香りのする紅茶である。

 これから話す内容は良い方も悪い方も緊張する。それは聞く方もである。


 MAXコーヒーとは違ったベクトルで甘さを与えてくれる。

 やはりコーヒーも紅茶も安らぎのためには必要だなと思った。


 先にソファに座ってる友紀さんは少し緊張をしているようだ。

 コトンとテーブルに紅茶を置いた。


 「友紀さんどうぞ。マリアージュフレールのマルコポーロ。甘い香りが心を安らげてくれるよ。」


 一瞬驚きこちらを向いてからカップを手に取り一口口に含んだ。

 「甘い……」


 それに続いて俺も口に含んだ。


 「うん。甘い、でも美味しい。」

 

 何口か飲んだ後、意を決して俺は袋を手渡した。

 

 「あ、これ。」

 くまさんを見た友紀さんが呟いた。


 「流石に男一人でこういう店に入る事がなかったから凄く緊張した。」


 「ですよねー」


 「今日のために作ったんだ。是非食べて欲しい。今の気持ちを詰め込んだんだ。」

 良かったら…なんてつけたらそれは無粋だ。

 食べてもらうために作ったのに良かったら食べてなんてだめだ。

 そこは謙るでもなんでもない。


 これがただのお返しではないのは友紀にも伝わっている。

 「ありがとうございます。大事に戴きます。」


 そう言って封を開ける。

 「あ、カヌレ。それに味も3種類も。」


 「でも私だけ戴くわけには…」


 「そう言われると思って自分の分も焼いてあります。」


 「それでは戴きます……美味しい。」


 やったね。友紀さんの美味しいいただきました。


 「ちょっとほっとした。やっぱり食べて貰いたい人に美味しいて言われると安堵するし嬉しい。これが世の中の彼女さんや嫁さんの心境なのかな。」


 ザー…ボンッ

 友紀さんがフリーズしました。

 戦闘力57万の人と青い残念イケメンさんが登場しました。

 

 「あれ?」

 目の前で手を何度か振ると再起動しました。


 「もー真人さんが変な事言うからです。そういう事言う人……嫌い、ではありません。」


 あれ?なんかデレてますよ。

 

 その後3種類共食べ終わり、紅茶も残り僅かとなっていた。


 「それで、友紀さんにはっきりとした気持ちをぶつける前に…」

 

 「俺の昔話を聞いてほしい。ちょっとこのタイミングで先に話すのはズルいと思うかもしれないけど。」

 いつも以上に真面目な表情と口調の俺に対して友紀さんの顔つきも変わった。

 いよいよ来る…というタイミングでの事だけに余計に感じるものがあったのかも知れない。


 友紀さんを見て話し始められない。

 目線はテーブルを指したままだ。

 だけど変わると言った、決意した。

 

 色々な人に後押しされた。

 臆病な自分はもうオルボワールだ。


 身体と顔の向きを変え、友紀さんの目を見る。

 

 「俺は……本当は女性が苦手なんだ…」




――――――――――――――――――――――――――――――――


本当は、男が好きとは言いませんよ。


まずは真人君の過去から。


左手には花束、右手には約束をな赤い服を着たあの女の人のように叫ぶ準備は良いですか?

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