第25話 改心のお願いです
いつもと変わらぬ平穏な日々、変わってしまったのは、貯め置きしていた食品の消費速度がある日を境に、数倍になってしまった事くらいだけだ。
その理由は簡単、俺の他に居候が増えたからである。
普通の奴なら良かったが、そいつはとんでもない位の大食らいで、暇さえ有れば口に何かを入れている。
「このお肉美味しいです、これ頂きますね」
フィーエルは円テーブルの正面にいる俺の方へ向かって身を乗り出し、あろう事か俺の皿から1日の活動エネルギーの元となる肉を奪い取ろうとしていた。
「やめろ!俺の皿からこれ以上肉を取るな!!」
俺は皿を持ち上げ、今世紀最大の気概でフィーエルに対抗する。
「いいじゃないですか!力仕事担当の私には筋肉がいるんですよ!だから私にそれを譲るべきなんです!ゼスティさんもそう思いますよね!」
フィーエルが反応を求めたゼスティは、既に皿の中身は空であることにつき、テーブルに突っ伏してただの屍の様になっている。
「やめてくれ、これ以上俺達から奪わないでくれ……」
相手は腐っても天使なので、情に訴えかければ諦めてくれるだろうと思っていたが、そんな考えは甘かった。
「隙ありッ!」
フィーエルに残る僅かな良心に訴え掛ける作戦も、その莫大な食欲の前ではハリボテ同然だった。
俺の皿に盛られていた僅かな肉は、俺が油断した一瞬で消えてしまい、フィーエルの皿へと瞬間移動していた。
「お前には慈悲というものが無いのかッ!」
「慈悲?そんな意味のない物なんて、あの時に捨てましたよ」
そんな意味深な事を暗い表情をしながら言っていた物で、一瞬怯んでしまうが、俺は再び声を荒げながら言う。
「俺の肉返せェェェェェェェェ!!」
と、俺がフィーエルの方へ向け、手を伸ばしてバトル漫画宛らの取っ組み合いを始める。
最初はどちらも1歩も譲らない攻防戦だったが、フィーエルが痺れを切らし、俺の手を握る力が強くなる。
「なかなか骨がありますね、では2割位でいきますね」
「おっ、おっ、押され……うわぁぁ!!」
界王拳を4倍にされ、一瞬でたおされた王子の如く、俺の体は徐々に床へ向かい逸れていき、呆気なくそのまま叩きつけられた。
ドカンッ!
「ゴファッ!」
「あの、お邪魔しま―――」
ガチャ、ゴン
扉が開閉する音が聞こえると、この空間には発生しないであろう、若い男の声が耳に届く。
「ここって便利屋エバァンさんでいいんですよね?」
音源に目を向けて見ると、小綺麗な服を着ていたが、それに目がつけられない程に頼りなさそうな顔つきの男がいた。
そして心なしか、この状況に違和感に困惑をしているように見えたがそれも当たり前だろう。
ここは元々は渋いお爺ちゃんが完璧に依頼をこなしていく事が売りだった店だが、その店で変な奴らが取っ組み合いをしている場面に遭遇でもしたら、そんな当たり前な疑問も浮かんでくるものだろう。
「依頼か?」
ゼスティは突如息を吹き返すと、重そうな足取りで男の前まで行き、ボサボサの頭で営業スマイルを向ける。
俺も地面に這いつくばったみっともない格好から、痺れる手をさすり起き上がり、肉を頬張るフィーエルとその男に視線を向ける。
「あっ、はい!依頼したい事がありまして!」
長年ここで働いていたベテランを見つけると、途端に緊張が解れたのか不自然にテンションが上がる。
「ではそこに腰掛けてもらっていいか」
普段のゼスティからは想像も出来ない程に完璧な接客で男を導いていくのを、俺達は遠くから観察するが、ゼスティがこっちを振り向き、こっちに来いと言っているので渋々向かった。
3体1で向かい合うと、男が俺とフィーエルに向けて畏怖の目を向けるが、それもしょうがないだろう。
「では、依頼内容について詳しく」
男はコクリと頷くと、それを単刀直入に言う。
「暴力を振るってくる許嫁を改心されてほしいんです」
許嫁ッ!?本当にそんな物存在していたのか……まあここは異世界なのであり得なくも無い話だが改心って、俺達は心の怪盗団じゃないんだぞ。
「なんでまたそんな事を……」
ゼスティが面倒臭そうに言うが、その手の話題には疎い俺なので、余計な口を挟まずに空気になる。
「僕には許嫁がおりましてですね、婚約したら私の家に嫁いでくるのですが、その子がとても暴力的でして、昔の綺麗だった彼女を取り戻して欲しいんです」
夜逃げの手伝いとかならまだ分かるが、まさか改心の事を依頼されるとは、日本とは仕事の振幅が全然違う。
「誰かにその事を相談したりとかはしてないのか?」
「もう済ませましたが、普段は猫を被っているのか、誰にも信じてもらえず……報酬は金貨10枚程に弾ませます」
金の事が耳に入ると、単純明快な俺は勢いよく立ち上がる。
「やります、やらせて下さいお願いします」
空気に徹していた俺だったが、金の話題が出てきた瞬間に、獲物を狩る様にしてその話題に食らいつく。
第1に金を手に入れる為に商売をしているのであって、他人の事情に首を突っ込むのはナンセンスだ。
「本当にいいんですか!?」
「当たり前です、なんせ便利屋ですからね!なあゼスティ?」
1回も依頼をこなした事の無い俺の自信満々の1言だったが、その勢いの前に圧倒され、男は頼れる者を見る目で俺を見る。
「ん〜まあ、そうだな引き受けるか」
ゼスティは渋々その依頼を承諾すると、男は依頼について詳細に話し始めたのであった。
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