読者審査・掌編小説選手権◆会場

しゃくさんしん

大会開催にあたって

開会宣言


掌編小説を対象とした賞が、あまりに少ない。新しい輝きをもった掌編小説が読みたい、自分の書いたものを試したい、それなのに賞もほとんどない……ならばもう、大会を開いてしまおう、というわけなのです。


私は、書く点においても読む点においても、小説は長いものよりも短いものに惹かれます。

理由は二つ、まず単純に長い小説を読むのは疲れるからです。短編小説ならまだしも、長編なんて手に取ろうものなら、すぐに飽きてスマホへ目が向くし、そんなことをしているうちに筋を忘れる。忙しい日には読み進める時間を取れず、そのままズルズルと挫折する……お恥ずかしい限りですが、これが正直なところです。


そして二つ目の理由、こちらのほうが偏愛の本質なのですが、掌編小説は非常な純粋な形式だと私には思えるのです。エドガー・アラン・ポーは「椅子に座って休んでいる間に一気に読めてしまうぐらいの長さ」であることと「作中の全ての言葉が『一つの目的』に沿って意味を持つ」ことを重視し、「印象の統一性」において短編小説を長編小説よりも優れた形式であるとしましたが、私もそれに倣うようにして、なによりも掌編小説の純粋性を愛しています。


掌編小説の賞が少ない理由なんて、私なんぞにはもちろん分かりません。況やもし掌編が流行らないからだとすれば、ではなぜ流行らないのかなんてことも、全然見当がつきません。

小説離れが嘆かれて久しく、もはや嘆き声さえ小さくなりつつある今日、一息でちょっとした時間に読める掌編という短い形式は手ごろに好まれそうにも思えますし、また短いがゆえの隙のなさから取っつきにくいと敬遠されそうにも思われます。


正解はわかりません。だからこそ、本大会によって掌編小説というジャンルがほんのほんの少しでも盛り上がってほしい、その炎の大きさや色彩に掌編の可能性を見たい、そんな甘い夢を抱いております。




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