第23話

 海から上がった由弦と愛理沙の二人は、ビーチチェアに寝そべりながらのんびりと過ごしていた。


「ねぇ、愛理沙……」

「……」


 由弦は隣に寝そべる愛理沙に声を掛ける。

 しかし愛理沙は答えない。

 だが寝ているわけではない。


 それを証拠に顔だけ、プイっと横を向いた。


 怒っています。

 そうアピールするように。


 由弦が愛理沙のお尻を触ってからというもの、愛理沙は由弦と口を聞いていなかった。


「機嫌直してくれ。……俺が悪かったからさ」

「……反省していますか?」


 ようやく、愛理沙は口を開いた。

 

 せっかくの新婚旅行中、このようなことで喧嘩をして、雰囲気を悪くするのは勿体ない。

 そう考えるほどの理性は愛理沙にはあった。


 ……というよりは、そもそも愛理沙はそこまで怒っていなかった。


 ちょっと由弦を揶揄っているだけだ。

 証拠に口を聞かなくなってから、まだ十五分も経っていない。


「反省してる」

「どうしようかなぁ……」


 愛理沙はチラっと由弦の方に顔を向けた。

 

 このまま許してあげてもいい。

 しかしそれは少しつまらない。


 愛理沙はそう感じていた。


「じゃあ、お詫びにマッサージしてください」

「マッサージ!?」


 そんなことで良いのか?

 と、由弦は思わず首を傾げる。


 これではお詫びではなくご褒美だ。


「嫌ですか?」


 愛理沙はうつ伏せになりながら、そう言った。

 ニヤっと挑発的な笑みを浮かべている。


「まさか」


 由弦は立ち上がると、愛理沙の上に馬乗りになった。

 そして肩から丁寧に揉んでいく。


「ん、ぁあ……」


 由弦が指に力を入れるたびに、愛理沙の口から熱い吐息が漏れる。

 気持ち良いのは間違いないのだろうが、少しわざとらしい。


(これはちょっと、辛いな……)


 ただでさえ、色っぽい恰好をしている新妻。

 その白くて美しい肌を触り、揉むたびに、新妻は艶っぽい声を出し、こちらの気分を掻き立ててくる。

 

 しかしこれが“お詫び”である以上、悪戯をするわけにはいかない。

 由弦も気持ち良くなれない。

 生殺し状態だ。


「愛理沙。さっきも言ったけど、わざと変な声を出すのは……」

「はぁん……わざとじゃないですよ。由弦さんが上手だから、つい声が出ちゃうんです……」


 愛理沙は流し目でそう言った。

 その色っぽい表情に由弦の心臓が跳ねる。



 同時に悪戯してやろうかと、そんな出来心が芽生える。


「でも、あくまでマッサージですから。擽ったりとかは、ダメですから。やったら、口を聞いてあげません」


 釘を刺すように愛理沙は由弦にそう言った。


「もちろん……分かっているよ」

「あと、少しでも手つきがいやらしいと感じたら、反省していないとみなします」

「……かしこまりました」


 由弦はできるだけ淡々と、欲望を殺しながら愛理沙の肩や背中を揉んでいく。

 それから腕をマッサージし、腰を指圧していく。

 上半身を一通り揉み終えた由弦は、一度手を止めてから愛理沙に尋ねる。


「他はどこをマッサージする?」

「お尻、お願いします」


 愛理沙の回答に由弦は眉を顰める。


「いやらしかったら、ダメなんじゃないのか?」

「そうですよ。真面目に揉んでください。お尻だって、ツボはあるんですから」

「……はい」


 由弦は小さく返事をしてから、あらためて愛理沙のお尻に向き合う。

 元々、大きくて素晴らしいお尻だが、着ている水着により普段以上に立派に見える。


(お尻のツボ……って、どの辺よ)


 一先ず、由弦は腰から少し下の部分を指で押してみる。

 柔らかい脂肪の中に指が沈み込む。


「この辺、どう?」

「あぁ……気持ちいです。続けてください……」


 由弦は少しずつ指の位置をズラし、愛理沙に尋ねていく。

 手のひらで撫でたり、掴みたくなる欲求を堪えながら、指だけで押していく。


「お尻って凝るの?」

「うーん、まあまあ、そこそこです……んっ、ぁ……」


 由弦の問いに愛理沙は心地よさそうな声で答えた。

 気持ちよさそうな声だ。

 マッサージされて心地よいということは、やはり凝っているということなのだろう。


(胸も大きいと凝るというし、やはりお尻も大きいと凝るのか?)


 重そうだもんなぁ。

 などと由弦は考えながら、お尻をマッサージしていく。


「脚もお願いできますか?」

「……分かった」


 太腿、ふくらはぎ、足裏をマッサージする。

 由弦は気分を昂らせながらも、何とか下半身のマッサージを終えた。


「これで許してくれるかな?」


 本能に打ち勝ったとガッツポーズをしながら由弦がそう言うと、愛理沙は首を左右に振った。


「まだです」

「え?」

 

 呆気に取られる由弦を前に、愛理沙は仰向けに寝転がった。

 そして首回りと、鎖骨の周辺を指さす。


「ここも、お願いします」


 愛理沙は意地悪そうな笑みを浮かべながら由弦にそう言った。

 鎖骨の下あたりは、胸にかなり近い。

 胸の始まりと言ってもいいかもしれない部分だ。


「うっ……わ、分かったよ……」

  

 由弦は言われるままに、愛理沙が指摘した場所をマッサージする。

 魅力的な膨らみのすぐ目の前にあるのに、そこに手を出せないというのは由弦にとってはあまりにも辛いことだった。


「これでもう、いいだろ?」


 さすがにこれで打ち止めだろう。 

 そう思っていた由弦だが、愛理沙は首を左右に振った。


 そして太腿の付け根を指さす。

 思わず由弦の視線も、愛理沙の太腿の付け根に向かう。

 その近くには黒い水着で隠された、柔らかそうな膨らみがあった。


「骨盤も、お願いします」

「そ、そこはさすがに……」

「許してあげないですよ?」

「あぁ、もう……やればいいんだろ? やれば……」


 由弦は愛理沙の太腿の付け根、そして骨盤をマッサージする。

 ほんの数センチ指がずれるだけで、ずらすだけで、触ることができる。

 でも、触れない。


 それがとてももどかしい。


「お疲れ様です」


 終了の合図が下された。

 由弦は手を離し、ホッと息をつく。


「これで許してくれたってことで、いいんだよね?」


 由弦がそう尋ねると、愛理沙は顎に指を当てた。


「さて、どうしましょうか……」

「えぇ……」


 まだ、耐えないといけないのか。

 由弦が絶望の表情を浮かべると、愛理沙はクスっと笑った。


「ふふ、そうですね。由弦さんがちゃんと理解しているなら、いいですよ?」

「理解? えーっと……」

「私の体に触れられることが、とっても幸運であるということです」


 愛理沙の言葉に由弦は何度も首を縦に振った。


「も、もちろん! 俺は幸せ者だ!!」

「よろしい。無礼を許してあげましょう」


 愛理沙の言葉にようやく安堵できた由弦は、砂浜に座り込んだ。

 しかし安心した心とは裏腹に、体は昂っている。


「あの、愛理沙。お願いを一つ、いいかな?」

「何ですか?」

「……今晩、いいかな?」

「はぁ」


 由弦のお誘いに対し、愛理沙は眉を顰め、ため息をついた。

 由弦は慌てて顔の前で手を振る。


「い、いや、あの……その、愛理沙が良かったらであって……」

「許してあげたらすぐに、こうなんだから」


 愛理沙は肩を竦めると、小さく笑った。

 そして上体を起こし、うつ伏せになる。


「もう一周、さっきのマッサージをしてくれたら……してあげます」

 

 意地悪い笑みを浮かべながら愛理沙はそう言った。

 愛理沙の条件に由弦は顔を引き攣らせる。


「う、うぅ……」

「いやですか? 嫌ならいいですけれど……」

「わ、分かった! やる……やります! やらせてください……」


 由弦は項垂れながらも、再びマッサージを始めた。


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