第15話 婚約者とゲームセンター

 七月中旬頃。

 夏も深まり、そしてまたそろそろ夏季休暇も始まりそう……という時期。


 その日は愛理沙にとって重要な日だった。


「おぉー……これがお給料なんですね。私が自由に使えるお金」


 振り込まれたお金をコンビニで下ろした愛理沙は、感慨深そうにそう言った。

 金額は決して多くはないが、しかし高校生のお小遣いとしてはそこそこの額である。


「良かったな、愛理沙。それで何に使うんだ?」


 由弦が尋ねると、愛理沙は嬉しそうに……


「それは由弦さんのた……」

「た……?」

「な、内緒です」


 慌てて口を噤んだ。

 可愛いなぁと由弦は思いつつも、秘密を敢えて暴こうとするのは無粋と考え、話を逸らして上げることにした。


「まあ、何に使うのかはともかくとして……初めての給料だし。何か、記念になるものにでも使えば?」

「記念……記念、ですか」


 ぽつり、と愛理沙は呟き……

 それから首を傾けた。


「例えば、どういうものですかね?」

「え……? どういうもの……どういうものだろう?」


 そう言われるとどういうものが記念になるのか分からない。

 記念にする以上は残る物が良さそうだが、しかし要らない物が残っても困るだけだ。


「ちなみに由弦さんは何に使ったんですか?」

「ゲーム機を買ったかな……?」

「使ってます?」

「使ってないな」


 いわゆる“積みゲー”になってしまっている。

 もちろん、いつかやるつもりだ。……いつかは。


「そうだと思いました。……あ、でも、ゲームと言えば」

「言えば?」

「由弦さんとゲームセンターに行ったことって、多分、ないですよね?」

「ゲームセンターは……ああ、確かにないな」


 いろいろとデートに行ったことはあるが、ゲームセンターはまだ行ったことがない。

 ゲームセンターはその仕様上、小銭を、お金をたくさん使う。


 由弦も愛理沙も自分が扱えるお金という意味では制限があるので、ゲームセンターは自然と敬遠していた。


「由弦さんと遊んでみたいです……いいですか?」

「いいよ」


 愛理沙と同様に由弦も給料日だ。

 直近で大金を使う予定もないため、ゲームセンターでお金を少し浪費する程度はどうということはない。


「じゃあ……明日の放課後、どうですか?」

「明日の放課後? まあ、構わないが……日曜日じゃなくていいのか?」


 ゲームセンターには年齢により、入場時間の制限があったりする。

 当然、日曜日に早くから行った方が、長く遊べる。


「そんなにたくさん遊びたいというわけではないですから。それに……」

「それに?」

「……放課後に制服でデート、というのをやりたいです」


 ほんのりと、顔を仄かに赤らめて愛理沙は言った。

 そして小さく首を傾げる。


「ダメ、ですか……?」

「まさか!」


 断れるはずもなかった。






 さて、翌日。

 由弦と愛理沙が訪れたのはゲームセンターが併設されている大型ショッピングモールだった。


 もしゲームに飽きたらウィンドウショッピングをしたり、フードコートで食事をするという選択肢もある。


「ちなみに愛理沙はゲームセンターは来たことある?」


 今までのパターンから考えると無いだろうなと、由弦は思った。

 由弦は決してゲームセンターに詳しいわけではないが、初めての愛理沙をちゃんとリードしなければいけないと、少しだけ張り切っていた。


「ありますよ」

「へぇ、そうか……え、あるの?」

「小さい頃に行った経験がありますね」


 小さい頃。

 というのはおそらく両親が亡くなる前のことだろうと、由弦は思った。

 ……考えてみれば由弦だって行ったことがあるのだから、愛理沙も一回や二回くらいはあるだろう。


「ここ最近では?」

「二週間くらい前に行きましたね」

「……え?」


 意外と最近だった。

 由弦の脳裏に一人で「えい、えい!」と掛け声を上げながら格ゲーをしている愛理沙の姿が浮かんだ。


「一人で?」

「……そんなわけないじゃないですか」

「そ、そうか……誰と?」


 まさか、男とではあるまい。

 妹……従妹だろうか? などと由弦は想像する。


「亜夜香さんたちです。でもそんなにゲームとかはしなかったですね。プリクラってのを撮りました」

「あぁ……それは想像できるな」


 女子高生四人で、キャッキャと言いながら写真を撮ったのだろう。

 愛理沙にも付き合いはある。

 そういう経験も由弦が見ないうちにするのは当然だ。


 ……それはそれとして、愛理沙の“プリクラ初体験”を盗られたのは悔しい。


 後で写真を見せろと、亜夜香たちに要求しようと由弦は決意した。


「まあ、それはともかくとして。あれ、やりません?」

「クレーンゲームか……」


 手元のボタンでクレーンを操作し、景品を落とすというゲームだ。

 どんなゲームセンターにも必ずある、むしろないゲームセンターの方が珍しいんじゃないかという類のゲームだ。


「由弦さん、やったことあります?」

「もちろん」

「取れたことは?」

「ないな」


 この手のゲームで由弦は景品を手に入れられたことは一度もない。

 そもそも手に入れることができるものなのか……都市伝説なのではないかと、由弦は疑っていた。


「そうだと思いました。由弦さん、ゲーム、あまり得意じゃないですもんね」

「いや、君が強いだけというか……それにシミュレーションゲームは得意だぞ?」

「そうでしたね。卑劣なやり方がとてもお上手ですもんね」

「……まだ引き摺るのか」


 昔、由弦は愛理沙を含めた友人たちと夜通しで某戦略ゲームをしたことがある。

 その際、由弦は何度も愛理沙を騙したり、容赦なく侵略したりしたのだが……


 ボロボロに負けた愛理沙はその後、一日、由弦と口を聞いてくれなかった。

 そして今でもそれを根に持っている。


「取ってくれたら……許してあげますよ?」

「ほう、そう来たか」


 由弦は軽く腕を回し、クレーンゲームを睨んだ。

 景品を手に入れた経験はないが……しかし、「恋人に頼まれて景品を取る」というシチュエーションは王道である。 

 

 愛理沙に見守られることにより、不思議な力が働き、取れるかもしれない……そんな気がした。


 コインを入れて、クレーンを動かす。

 

「……よし、お、おお!!」

「わぁ!」


 クレーンはぬいぐるみを掴んだ。

 ゆっくりと、出口に向かって動き……


「嘘だろ!」

「あぁ……」


 途中で落ちた。

 由弦はがっくしと、肩を落とす。


 愛理沙の目が少し冷たい。


 由弦はとても悔しい気持ちになった。


「……少し待っていろ、愛理沙。コツを調べるから」


 携帯を取り出し、「クレーンゲーム 攻略」と打ち込む。

 一方の愛理沙は調べている由弦を最初は待っていたが……途中から一人でクレーンゲームの前に立った。


「じゃあ、その間に私がやりますね」


 「えい、えい!」という愛理沙の可愛らしい掛け声を聞きながら、由弦はクレーンゲーム攻略法について書かれた記事を読む。

 軽く流し読みをし、自信を付けたところで……


「よし、愛理沙。次は必ず……」

「やったー!」

「え?」


 ガタっと、音がし、出口から人形が出てきた。

 愛理沙はそれを嬉しそうに取り出し、両腕で抱きかかえた。


「やりました」

「そ、そう……か。良かったな」


 由弦は少し複雑な気持ちになった。


「……コツ、教えます?」

「い、いや……別に大丈夫だ」


 クレーンゲームの技術など、人生で役に立たない。

 もし役に立つシチュエーションがあるとすれば「恋人の代わりに取ってあげる」くらいだが……


 愛理沙の方が上手なら、それも成り立たない。


 もしかしたら、将来、「子供の代わりに取ってあげる」機会があるかもしれないが、由弦パパよりも愛理沙ママの方が得意なら、敢えて由弦が鍛える必要はない。


「恋人というのは、それぞれ、足りないものを補っていくものだからな。うん、君が上手なら、俺が上手になる必要はない。うん、愛理沙が上手で助かった」


「あはは……」


 愛想笑いをされてしまった。

 由弦はとてもいたたまれない気持ちになった。

 

 


______________________________________

「お見合い」ですが、幸いにも売上は好調な様子です。

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https://ncode.syosetu.com/n2375hf/(小説家になろう)

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「お見合い」と同じくらいの甘々な話なので、「お見合い」が好きな人は好きだと思います。



現在はカクヨムの方が先行していますが、それはURLを張り付ける都合だったりするので、今日の正午にはどちらも同じ話数になります。


使いやすい方で見てください。

でもなろうのアカウントを持っている人は、評価とか、そういうのは両方でしてくれると嬉しいです。



よろしくね! ということで。

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