第26話 婚約者への疑い

 白米、味噌汁、出し巻き卵、ほうれん草のおひたし、肉じゃが。

 それがその日の朝食メニューだった。


 肉じゃがに関しては前日の残りである。

 そしてほうれん草は連続、二日目だ。


(……ほうれん草、好きなのだろうか?)


 ほうれん草のおひたしを口に運びながら、由弦は思った。

 鰹節と醤油で食べると、シンプルに美味しい。


(まあ、簡単で美味しいからで、特に理由はないか)


 長い付き合いなので、愛理沙の考え方や料理の傾向はよく分かる。

 彼女はおかずの数や、色どりを重視するタイプだ。


 「おひたし」系は貴重な緑であり、和食との相性もよく、作るのも簡単で、長期保存もできる。

 そして飽きにくい。


 困った時のおひたし、茹で野菜なのだろう。


 おそらく、ほうれん草そのものに思い入れはない。

 実際、たまにほうれん草が小松菜に変わったりする。


「君の出し巻き卵はやっぱり、美味しいね」


 よく食べさせていただいている出し巻き卵は安泰の美味しさだった。

 かなり出汁の量が多いように感じるが、それでも崩さずに綺麗に焼けているのだから凄い。

 

「……そうですか。それは良かったです」


 由弦の賞賛に対し、愛理沙はぎこちなく答えた。

 やはり……いつもと、雰囲気が違う。


「そ、その……愛理沙」

「はい」

「昨日の……ことなんだけれど」


 由弦がそう切り出すと、愛理沙の動きが止まった。

 その白磁の肌はほんのりと赤く、色付いている。


「押し倒して……悪かった」


 由弦がそう謝罪すると、愛理沙は恥ずかしそうに頬を掻いた。


「い、いえ……別に。私も、変でしたし」


 変だった。

 そう、昨晩はお互い変だった。


 誰が悪いということはない。

 そういうことになった。


 ……しかし愛理沙はまだ、何か引っ掛かっているようだ。


 何かを言いたそうに、聞きたそうにしている。

 由弦の目にはそう見えた。


「……愛理沙」

「え、あ、はい」

「何か、言いたいことがあるなら……言ってくれていいぞ」


 むしろはっきりしてくれた方が由弦としては助かる。

 由弦の言葉に愛理沙は僅かに逡巡してから口を開いた。


「その、昨日の夜なんですけれど」

「ああ」

「……何か、私にしましたか?」


 何か、しましたか?

 疑問形である。


 つまり愛理沙が知っていること……起きているうちの出来事の話ではない。

 愛理沙が眠った後の話だ。


「何か……というのは、えっと、一応、ベッドまで運んだ」

 

 由弦の答えに愛理沙は頷いた。


「はい。知っています……それで、その時に。……何か、しましたか?」

「……」


 由弦は少し考えてから、正直に答えることにした。


「キスしました」

「き、キスですか……」


 愛理沙は顔を赤くする。 

 そして恐る恐るという表情で尋ねる。


「ど、どこに……ですか?」

「おでこに」

「おでこ……」


 愛理沙は自分の額に触れた。

 そこは……由弦が接吻した場所とは、微妙に位置がズレていた。


「……ダメだった?」

「いえ、別に。……全然、大丈夫ですよ」


 愛理沙的には寝ている最中の、額への接吻は問題ない範囲のようだ。

 由弦がホッとするのも束の間、愛理沙はさらに尋ねてきた。


「……本当にキスだけですか?」

「もちろん、誓って」

「そう……ですか」


 本当に由弦が額に接吻をした程度しか、していないことが分かったようだ。

 ホッと、愛理沙も息を吐いた。

 

 取り敢えず、誤解は解けたようだ。


「今日はどうしましょうか?」

「そうだね……」


 そして話は今日の予定へと移る。

 まだ愛理沙の泳ぎは完璧とは言い難いので、あともう一度は連休中にプールへ行きたいが……


「今日もプールとなると、少し疲れそうだね」

「そうですねぇ……」


 昨日の夜はかなり早い時間に二人とも寝入ってしまったが……

 それはプールの疲れも関係しているだろう。


 二日続けてとなると、バテてしまいそうだ。


「今日は普通にデートをしようか」

「そうですね。……少し落ち着いた場所がいいです」


 今日は落ち着いた場所で、のんびりとデートをしたい。

 それが婚約者の要望だった。


 先日が少し(運動で)激しいデートだったので、由弦も愛理沙の意見には賛成だ。


「どこに行きます?」

「そうだね……」


 落ち着いた場所。

 ついでにあまりお金が掛からない場所。


 由弦は少し考えてから答えた。


「博物館でも、行ってみる?」





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