第23話 好きなところ

 風呂から上がった後のこと。


「まあ、その、愛理沙さん。機嫌を直してください」


 由弦は愛理沙の肩を揉んでいた。

 一方、愛理沙は僅かに赤らんだ顔で答える。


「……別に怒ってないですよ」

「本当に?」

「……びっくりしただけです」


 例のアレを愛理沙に見られた後。

 由弦は「変態! エッチ!」というようなありがちな罵倒を愛理沙にされ、風呂場から追い出されたのだ。


 愛理沙に嫌われたのではないかと由弦は少し焦っていたのだが、幸いにもそういうわけではないようだった。


「以前も似たようなことはありましたし」

「……それは、まあ、そうだね」


 確かに愛理沙にアレしたアレを見られたのは今回が初めてではない。

 もっとも、お互いに肌を晒した状態では初めてだ。


「その、不可抗力だったんだ」


 邪なことを考えていたわけではない……

 ということはないが、別に愛理沙を傷つけようという意図は全くない。


 ということを由弦は愛理沙に伝えようとする。


 一方、愛理沙は小さく頷いた。


「分かってます。由弦さんはそういう人ではないと……知っているから、好きになりました」

「そ、それは良かった」


 どうやら、紳士な部分が評価されているようだった。

 もっとも、由弦は愛理沙の前では少し、否、かなり見栄を張っている部分がある。


(……宗一郎や聖の前でやるようなノリや言動は、慎まないとな)


 由弦は固く決意した。

 

「……不可抗力と、言いましたよね」

「え? まあ、うん。その、意志でコントロールできるようなものではなくて……」

「抑えようと、努力はしていたんですね」

「それは……もちろん」


 努力していたかと言われると、少し判断に迷う。

 愛理沙に見られたくない……と思っていたわけでもないが、しかし見られたら少し恥ずかしい、愛理沙に引かれるかもしれないという懸念があったのは事実だ。


「そうですか。努力していたけど……どうしても。抑えられなかったんですね」

「そ、そうだ」


 念入りに確認するように愛理沙は言った。

 由弦は愛理沙の背後から、彼女の肩を揉んでいる最中なのでその表情を確認することはできない。


(……何が言いたいんだ?)


 分からないことほど、怖いものはない。

 由弦は戦々恐々としながら、愛理沙の機嫌を伺う。


「そして抑えられなかったのは……その、私の体を、見たからですよね」

「え、えっと……」

「怒りませんから」


 小学校の先生に叱られているような気分になりながら、由弦は答える。


「ま、まあ、ちょっと刺激が強かったかなと……」

「……ちょっと、ですか? ちょっとなのに、抑えられなかったんですか?」


 どうやら今の由弦の発言は不正解だったようだ。

 由弦は慌てて、訂正する。


「いや、ちょっとじゃない。その、とても……すごかったから、抑えられなかった」

「そうですか。そうですか」


 うんうんと愛理沙は頷いた。

 と、ここでようやく由弦は気付く。


 ……愛理沙の声は少し弾んでいた。


「私が魅力的だったから、抑えられなかったということですよね?」


 愛理沙は振り返りながら言った。

 その口元は僅かに緩んでいた。


「それは仕方がないですね」


 そして由弦の返答も待たず、愛理沙は言った。


「由弦さんは……何も悪くないですね。仕方がなかったんですもんね」

「え? いや、うん、まあ……」


 由弦が曖昧に頷くと、愛理沙は笑みを浮かべた。

 ドヤ顔だった。


「許してあげます」

 

 許された。

 

 どうやら愛理沙は由弦が風呂場でアレしてしまったことを、否定的に捉えていない……むしろ肯定的に捉えているようだった。


 由弦はほっとした。


 さて、そんな由弦の心配を知ってか知らずか、愛理沙は弾んだ声で話を続ける。


「ところで、先ほど、すごかったと言ってましたが」

「ああ……うん、言ったね。言いました」

「……その」


 僅かに愛理沙は言い淀んだ。

 一度だけ、恥ずかしそうにその翡翠色の瞳を逸らし……

 

「具体的に、どの辺が、すごかったんですか」


 そう尋ねる愛理沙の顔は真っ赤だった。

 気になりはするが、しかし恥ずかしいらしい。


「え、えっと……」


 さすがにそれを口に出すのは由弦も恥ずかしい。

 とはいえ、ここは正直に言った方が良いと由弦は判断する。


「胸、とか」

「胸、ですか」


 そう言いながら愛理沙は自分の手を、自分の胸に当てた。

 当てただけだ。

 決して揉んではいない。


 だがその仕草はどこか艶やかで、由弦の心臓の鼓動を早めた。


「由弦さんは大きい方が、好きなんですか?」

「それは……まあ、大きめの方が、好きかな」


 由弦がそう答えると、愛理沙は小さく笑った。


「そう言えば、お見合いの条件も“巨乳”でしたもんね」

「……それについてはあまり思い出さないでいただけると」


 あれはおふざけ半分だったので、必ずしも由弦の性的な好みが反映されているわけではない。 

 

「……他にはありますか」

「他……というと?」

「由弦さんが私の……好きな部分です。その、外見で」


 外見。

 とは言うが、話の流れ的には要するに“体”のことを指しているのだろうと由弦は察した。


 少し考えてから由弦は答える。


「肌は白くて、すごく綺麗だなって」

「ふむふむ」


 肌に関しては愛理沙も自信・自覚があったのか、特に驚きは無さそうだった。


「あとは……脚とか」


 若干、マニアックな部分は言った。

 すると愛理沙は大きく頷く。


「脚ですか。……そう言えばプールの時、じっと見てましたもんね」

「……別に見てないよ」

「具体的に脚のどこが、良いんですか?」


 由弦の言い訳を無視し、愛理沙は尋ねた。

 

「え? まあ……太腿とか?」

「太腿……ですか。長くて、細いのが綺麗とか、そんな感じですか?」


 愛理沙は自分の脚に視線を下ろしながら言った。

 部屋着の短パンからは、健康的な白い素足が覗いている。


「いや、何だろう。……柔らかそうだなって」

「へぇ……そういう視点なんですね」


 愛理沙は自分の脚を触りながら言った。

 由弦にとっては大好きな婚約者の脚だが、愛理沙にとっては自分の脚である。

 特に感慨深い物は沸かないようだ。


「他にはありますか?」

「他に? ……まあ、基本的に君のことは全部好きだけど」

「そういうのはいいですから」


 由弦は本心を言ったつもりだが、愛理沙はお世辞に受け取ったようだ。

 仕方がないので、由弦はさらに具体的な部分について言及する。


「……お尻は好きだよ」

「お、お尻ですか」


 若干、上擦った声を上げた。

 どうやら愛理沙にとって「お尻」という回答は意外だったようだ。


「何が良いんですか? ……別に綺麗なものじゃないと思いますが」

「いや、綺麗汚いとかそういうわけじゃなくて……大きいのは魅力的だなと」

 

 何が良いのかと言われると、由弦もよく分からなかった。

 そういうものだから、そういうものだと納得してもらうしかない。


「……もしかして、太っている方が好みだったりします?」


 一方、愛理沙はそんなことを言いだした。

 どうしてそうなるのかと由弦は首を傾げたが、考えてみると「胸は大きいのが好き」「太腿は柔らかそうだから好き」「尻も大きいのが好き」と、全体的に太くて丸い方が好きと受け取られかねない発言をしている。


 とはいえ、由弦は別に太っている女性が好きということは決してない。


「君のほっそりとしたお腹も好きだよ」

「そ、そうですか。なるほど……つまり一般的なスタイルの良い女性が好きなんですね?」

「まあ、そうだね」


 由弦は至って、その辺りはノーマルだ。

 

「……取り敢えず、由弦さんが私の、その、体が大好きということは、よく分かりました」

「……まあ、分かってもらえて良かったよ」


 微妙に語弊のある言い方ではあるが、別に由弦が愛理沙の体だけが目当てというわけではないことは、愛理沙も分かっているだろう。


「……由弦さん?」


 と、そこで愛理沙は困惑の声を上げた。

 そっと、由弦が背後から愛理沙を抱きしめたからだ。


「な、何でしょうか」


 肌を紅潮させながら、愛理沙は由弦に尋ねた。

 一方の由弦もまた、顔を赤らめながらそっと、彼女の耳元に口を近づける。


「あのさ」


 由弦の吐息が愛理沙の髪を揺らす。


「は、はい」


 愛理沙は由弦に体重を預ける。


「……キスの練習、しても良いかな?」


 そして由弦はそう囁いた。




______________________________________


愛理沙ちゃん不安度:30%→20%





仕方がなかったってやつだ。

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