第2話 ミイラ取りがミイラになった

 お見合いをしたくなかったから、絶対に満たせないような、無理難題を言ってみたら、同級生の美少女がやってきた。


 こんなアホな話があるだろうか?

 と由弦はため息をつく。


(まさか……爺さんの人脈上に雪城愛理沙が存在したとは、思わなかった。……ちょっと、舐めてたな。爺さんの人脈網を)


 あの爺は日本国内ではもしかして無敵なんじゃないだろうか?

 と、改めて老人の凄さ、執念に感心を抱きつつ……愛理沙を正面から見つめる。


 いつ見ても、芸術品のように整った美貌だ。


「こちらこそ、高瀬川由弦です。……お久しぶりですね」


 由弦も正座をして、手をつき、挨拶を返す。

 こうなった以上は失礼にならないように、断るしかない。


 お見合いは由弦と愛理沙はそっちのけで、保護者同士(由弦の場合は祖父と父、愛理沙の場合は養父と養母)で「まさか同級生だったとは、驚いた」「これは運命かもしれませんね」などと勝手に盛り上がり始める。


 由弦と愛理沙は貼りつけたような笑みを浮かべ、「そうだね。驚いたよ」「びっくりしました」などと適当な相槌を返す。


 と、ある程度の時間が経過し……

 二人はそれぞれの保護者に、「お若い二人だけで料亭の庭の景色でも眺めながら、親交を深め合ったらどうか?」と提案される。

 まさか嫌ですとは言えない由弦は、愛理沙と共に庭へ出た。


 愛理沙をエスコートしつつ、庭へ出る。

 お見合い会場として使用されるだけあって、非常に美しい庭だ。


(さて……どう断ろうかな)


 普通に「あまり合わないと思った」と言ってお見合いを断っても良いのだが、それは遠回しに「君は魅力的ではない」と言っているようなもの。

 仮にもお見合いに来た以上は由弦に興味があるわけで……下手な断り方をすると彼女を傷つけてしまう。

 そもそもあまり関わりがないとはいえ、同じクラスなのだ。

 今後のことを考えても、ギスギスしたくない。


「あの、高瀬川さん……」

「雪城?」


 由弦が迷っていると、今まで押し黙っていた愛理沙が声を上げた。

 ギュッと着物の布を握り締め、そして頭を下げた。


「すみません。このお見合い……養父に強引に受けさせられてしまったんです。私は……元々、婚約する気はありませんでした」


 その言葉を聞き、由弦は胸のつっかえが取れたような心地を抱いた。

 だからか、思わずため息と共に安堵の声を漏らした。


「……何だ、君もか」

「……君も?」

「俺も君と同様に、強引に連れて来られたんだ。……無理難題を言えば、引き下がると思ってね。お見合いをさせたかったら、金髪碧眼の女の子を連れて来い! って……まさか、本当に連れて来るとは思わなかった」


 ため息まじりに由弦がそう言うと、愛理沙はなるほど、と手を打った。


「そういうことですか」

「そういうこと?」

「高瀬川さんの方が私を指名してきたと聞いたので。……納得しました」

「……迷惑をかけてすまない」

「いえ、それはお互い様です。正確には……養父がご迷惑をおかけしました。高瀬川さんから話が来て、一人で舞い上がっちゃったみたいで」


 お互い、婚約を望んでいないということが明らかになり……どこか、二人の距離は縮まった。

 互いに好きではない、ということが共通の話題として機能して、親しみを感じるとは妙な話だと由弦は内心で苦笑する。



「高瀬川さん。……お一つ、提案があるのですが」

「提案?」

「嘘の、偽の、偽りの『婚約』をしませんか?」

「……なるほど」


 つまり『婚約』を偽装して、双方の保護者を騙そうという提案だ。 

 由弦と愛理沙が『婚約』している間、双方はうるさい見合いの話を勧められることはない。

 『婚約』を盾にして見合いを防ぎ、その影で双方、自由な恋愛をする。

 そして成人になり、保護者に逆らえるようになったら『婚約』を破棄する。

 そういう事だろう。


「うーん……その話、今すぐに『はい』とは頷けないな。大変そうだし」


 しかし『婚約』の偽装を長期間隠し通す労力が、お見合いを断り続ける労力と釣り合うかは微妙なところだ。

 演技を続けるのは神経を使う。

 そう易々と返事をすることはできない。


「そう、ですか……では良いお返事を期待しています」


 愛理沙は少し落ち込んだ様子を見せたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。

 学校では密かに持て囃され、男子たちを誤解させる、穏やかな表情だ。

 由弦には……作り笑いにしか、見えなかったが。


 と、その時。

 ニャー、という猫の鳴き声が聞こえた。


「高瀬川さん、高瀬川さん! あそこ!」

「うん? あれは……猫だな」


 由弦には猫の年齢など分からないが、おそらくは一歳未満だろう。

 小さな猫が、木の上でニャーニャーと鳴いていた。


「間抜けな奴だな。自分で登って、降りられなくなるとは」

「どうして降りられないのに登るんでしょうね。……でも、どうしましょう。あのままでは、落ちてしまうかもしれません」


 ひどく心配そうな声音で言う愛理沙。

 どうやら彼女は猫派の人間らしい。 

 木の枝で猫がうろうろするたびに、愛理沙もおろおろする。

 

「旅館の従業員を呼ぶか」

「で、でも……その前に落ちてしまわないでしょうか?」

「……まあ、確かに」


 先ほどから猫の動きは非常に危なっかしい。

 別に特に猫が好きというわけではない由弦も、少々、ハラハラしてしまう。


「どうしましょう……私、木登りの経験なんて、ありませんし……その、高瀬川さんは?」


 暗に木を登って猫を助けてくれないか? と乞われる由弦。

 別に猫を助ける理由も愛理沙の願いを聞く義理もないのだが……

 猫が木の上から落下して死ぬのは、少し寝覚めが悪い。


「俺は犬派なんだけど……仕方がない」


 由弦はそう呟くと、帯の紐を解き、服を脱ぎ始める。

 すると愛理沙は乳白色の肌を薔薇色に染め、慌てた様子で目を背けた。

 

「ちょ、ちょっと! きゅ、急に服を脱ぎ始めないでください!」

「ああ、悪い。下にTシャツとズボン、着てたから大丈夫だ」

「そ、それならそうと、言ってください……」


 誰とも交際をしていないという話は本当のようで、男性慣れしていないようだった。

 少し服を脱いだだけで顔を真っ赤にして戸惑うのは、いくら何でも免疫が無さすぎではあるが。


 由弦は脱いだ和服を乱雑に畳むと、愛理沙に手渡した。


「雪城、君……スポーツは得意だよな?」

「え? あ、はい」

「もし俺が間に合う前に猫が落っこちたら、それをクッション代わりに受け止めろ」


 そう言うと立派な木に手をつける。

 木登りなど久しぶりだが……幸いにも登りやすそうな木(だから猫は登ったのかもしれないが)なので何とかなるだろう。


 由弦はするすると、木の上へと登っていく。

 幸いにも猫は逃げるそぶりを見せない。


「よし……捕まえた」


 難なく猫を捕獲することに成功した。

 ホッと、一瞬気を緩める。


 ……それが悪かった。


「ニャッ!!」

「痛! お、おい、お前、命の恩人に向かって……こら、暴れるな……あっ……」


 体のバランスが大きく崩れる。

 みるみるうちに地面へと近づいていく。

 猫を抱えているので、手をついて着地するわけにはいかない。

 由弦は慌てて体勢を整えるが……


「っがぁああ!!」

「あ、高瀬川さん!?」


 盛大に右足首が曲がった。


______________________________________




デレ度:0%→1%

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る