第13話
海の向こうから並のお姫様ことシルヴィア姫がやってくる。
あれだよ妹が美人らしいから、自信を持ったり着飾ったりしたら、実は綺麗! と化けることもあるかもしれないからね。
もっともネストール皇子は美人嫌いそうだけど。
私は荷物をまとめた。
ネストール皇子は国王が生きている間に結婚するつもりらしい。国王が死去すると喪中とか長くて中々結婚できないからね。私としてもそれは避けたいので、ネストール皇子の行動の速さを応援していた。
応援するといっても特になにもしないのだけれどね。
私は離婚すると同時にジャクリーヌ姫もいる修道院に入ることになっている。もちろんそのまま修道女になるつもりはない。ギルの手助けで脱出して、中夏の国へとむかうことにしている。そこで父さんのルーツを探ったり、宝の在処の地図を編集したりする。
娘たちに残すのは止めさせるために。
そう財宝として娘たちが奪われ、村が焼かれるのを阻止するために。宝の在処を書いた地図そのものをどうするかはまだ決めていない。
「早く離婚しないとシルヴィア姫が到着してしまいますよ」
「……」
三日もしたら船が港に到着する頃になっても、まだネストール皇子は離婚してくれなかった。
「新しい妃のためにも、古い妃はさっさと処分するべきですよ」
ネストール皇子は他国には眉目秀麗で知的な男として伝わっているのだそうだ。ギルから聞かされた時驚いたものの、まあ噂というのは自由奔放で好き勝手で無責任なので、そうなるのだろうと解釈した。
『その噂を流したのが、お前じゃないってことだけは確かだな』
ギルに笑われた。
それに関しては私も同意する。
「本当に離婚してもいいのか?」
「いいって言ってるでしょうが」
―― しつこい ―― 私にやたらと意思確認をする。
今日こそは絶対に離婚届にサインをしてやろうとペンを持って待ち構えているというのに、証書が出てこないのだ。
そうしているうちに、ネストール皇子は所用で呼び出されて私は部屋で待つはめになってしまった。
「証書はどこに? 私が先にサインをしますよ」
立会人にそう告げると、彼らは一様に顔を見合わせた。
どうしたというのだろう? はやく証書を出せ! そう思っていると、
「あの!」
以前”黙って言わせておけば!”と殴り掛かろうとしてきた、粗野な騎士らしい男が声を張り上げた。
「なに?」
ヒューゴとか言われていたような気がしたが、私には関係のないことだ。
「離婚証書はありません!」
「はあ?」
ネストール皇子、なにしてるの?
†**********†
ヒューゴは堰を切ったように話はじめた。
ネストール皇子はシルヴィア姫とは結婚するつもりはないとのこと。他国のお姫様を嫁にするって言って呼び出して、それはないだろう……と思ったのだが、
「向こうの国にもシルヴィア姫は愛妾として迎えるとはっきりと言っております」
「……」
最初から愛妾として迎えることにしていたようだ。
皇子の愛妾に小さな国の姫。あり得ない訳じゃないし、この場合愛妾として子供を産めば本人は正妻にはなれなくても、子供は上手くしたら跡取りにはなれるから。事実ネストール皇子の対抗馬だった皇子たちの中にもそういう人はいたし、ジャクリーヌ姫よりも高い位の妾腹の子になるのだから、王国を継ぐ駒になるため相手の国も二つ返事だったとのこと。
『我が国の国力とシルヴィア程度の容姿で、ネストール皇子の愛妾になれるとは。最良の縁談だ』
王国ってそう言うものだろうけどさ。親がそう言う程に容姿は並なの?
「では何故、私と離婚すると言ったのですか?」
まさかとは思うんだが、他国の姫を正妻にすると言えば私が縋るとでも思ったのだろうか? そんな馬鹿なことは……と思ったのだが、ヒューゴの口からは”それ”が語られた。
脱力した。本当に脱力した。
「はあ……馬鹿だろうとは思っていましたが、これ程までとは」
ソファーに深く腰掛けて、私はネストール皇子を締め上げようと決意した。
部屋に戻ってきたネストール皇子にヒューゴが真実を語ったと告げた時、怒りで顔が赤らんだが、周囲にいた立会人たちが宥めた。
そして私と皇子は部屋に二人きりとなり、再度向かい会う。
「なにを考えているのかと思えば」
「……」
「私が嫉妬するとでもお思いでしたか?」
「まあな」
「離婚しましょうよ。私と皇子は決して交わることはありませんよ」
皇子は無言のままだった。
私と皇子の気持ちを表すかの如く空は灰色になり、天気は荒れた。というか、大荒れで海が時化てシルヴィア姫の乗っている船も大変なことになったらしい。
季節外れの暴風雨に、かなりの船に被害が及んだと聞いた。
建前は貿易商のギルも港の方へと向かい、他国との貿易と他国の姫を貰い受けることになっている皇子も港そばの邸に一時滞在した。
その間私はというと、特にすることもなかった。早く離婚したいんだけどな。
シルヴィア姫が乗った船は到着し、皇子が滞在している邸へと入ったそうだがそこで騒ぎになったようだ。
なんでもシルヴィア姫は自分が愛妾になるとは聞いていなかったらしい。それだけではなく、大荒れの船で灯りのランプが顔に落ちて酷い火傷を負ってしまったとのこと。
悪いことって重なるものだなあ……と、私は一人空を観て思うしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。