第二章 はじめましての大騒動!_1




 高窓からさやかな月光がさしこみ、しよくたくにはステンドグラスの光が夢のようにおどっている。

 にゆうりようするメンバーの顔合わせをねた、学食しんぼく会。──ってことらしいんですが。

「これが、学食……」

 どこまでも続く長テーブル。次々と運ばれてくるお皿をゆうに楽しむ寮生たち。

 壁ぎわにはズラッとフロックコートのしつさんの列。BGMはまるで天使がかなでるようなバイオリンの生演奏だ。

 私、クラシックなんてくの初めてだから、それだけであつとうされちゃうのに、運ばれてくるお料理だって、どれもこれも初めて見るメニューばかり。

 となりの夏さんのマネをしながら、ぶるぶるふるえる手でパンをちぎりバターをぬり、肉を食べよう──としたところで、彼がどのフォークを使ったのかチェックしそこねたことに気がついた。

 なんでこんなにフォークもナイフもスプーンも山ほどあるの!?

 一本ずつにすれば、いや、はしにして皿も一枚に盛れば、洗い物もせんざいてきで済むのに。

 うろうろ手を迷わせながら、夏さん助けて……と横をぬすみ見る。

 と、彼はやっぱり素知らぬ顔だ。空気な私に気づいてないだけかもしれない。

 彼は長くしなやかな指先で、たんたんとフォークを口に運んでる。

 ……そういえばこの人、手がやたらとキレイだなぁ。

 視線を感じたのか、ようやく彼の目がこっちに動いた。

「春臣、しよくよくないのか?」

「いえっ、だいじようで、」途中まで言いかけたところで、夏さんの目がスッと厳しくなる。

 そうだ、「僕」は春臣さん! 男子っぽい言葉づかい!

「だっ、だいじょうぶダゼ!」

 なんかアニメのヒーローみたいなノリになってしまった。

「…………そう」

「…………はい」

 夏さんはさとりを開いたしゆぎようそう的な瞳になって目をそらし、私はものすごく恥ずかしくなって下を向く。

 と、向かいの席に座ってた男子が、食事の手を止めた。

 彼はツーブロックの今ドキなかみがたの、ちやぱつ三白眼。

 後ろにひかえたガタイのいい執事サンとの背景も相まって、おぼつちゃまっていうより、そのスジの組織のわかがしらってカンジだけど……。

 さっきの自己しようかいで「さんじようとう」と名乗った彼は、その隣の、やたら美しいオーラを放つ、神秘的なあわきんぱつの「じゆういんあき」さんとセットで、私の隣の部屋の住人らしい。

 夏さんいわく「要注意のお隣サン」なんだけど、すでに私にけんのんな目を向けてきてる。

 私、何か失礼しちゃった? それともバカ殿とのさまが過去に何かしたとか?

「おい、春臣。お前、さっきからフォークうろうろ、もだもだもだもだうっとうしいんだよ。オレが目の前じゃ飯も食えねぇって言うのか」

「ま、まさか、そんなことないで──ないよ。三条くん」

 ただフォークとナイフとテーブルマナーにほんろうされてるだけで。

「三条クン、だぁ?」

 彼は全身トリハダをたててブルッと震える。

 あ、ヤバい、呼び方ちがったかな。

「彼は、冬馬って呼び捨てだよ」

 夏さんの耳打ちにあわててうなずくけど、今さらおそい。

 三条クン、もとい冬馬は、目をますますするどくして私をじいいっと見つめてくる。

「……春臣。お前まさか病気か?」

「ハッ!?」

「全体的に弱々しいっていうか、かげうすいっていうか。昔はもっとがあったよな」

「やっ、あの、病気とかではないよ。つかれてるのかな、アハハ」

 笑ってごまかしながら冷やあせがしたたってくる。

 やっぱり外側だけ春臣さんに似せたって、中身が変わらないと、そうそう存在感なんて出せるもんじゃないよ。

 すると彼はいきなりテーブルごしに腕を伸ばしてきて、私の手首をガシッとつかんだ。

「ひえっ!」

「……なっ、おい! このへにょっへにょの細っこい手首はなんだ! どれだけたんれんをサボったらこんなになる!? オレとの再戦の約束、忘れたんじゃねぇだろな!」

「忘れてないよ!」

 反射的に返事したけど、なんの再戦!?

 夏さんに目を向けると、「三条は古武道家元の跡取りだよ」とまたささやく。

 古武道? はかま道着を着て、エイとかヤーとかやるアレ?

「君、データブックをちゃんと読まなかったのか?」

「よ、読みました。でも春臣さんの『僕のれいなる自己紹介編』が長すぎて、まだ『うれしずかし青春の人間関係編』までたどり着いてなくて」

 小声のイイワケに、夏さんは額に手をあてて息をつく。それ、お母さんがテストで0点とったコにつくタメ息だ。

「俺たち三人、ようえんが同じだったんだ。で、その時、春臣がうっかり三条をのしてしまう事件があってね。以来ずっと、彼は根に持っているんだよ。もともとどっちが女子にモテるかっていうの張り合いが原因なんだけど」

 そんなくだらない事情の再戦まで、私、身代わりできませんから!

「何をヒソヒソ話してんだよ。春臣、お前さっさときたえなおして再戦すんぞ」

 冬馬のぎらぎら光る目ににらまれて、私はヒッと息を引ききる。

「それはええと……、七月以降のスケジュールで調整してほしいなぁ、なんて」

「そんな待てるわけねぇだろ! 一ヶ月でカラダ立て直してこい!」

 声を大きくする冬馬に、彼の隣の美形、伊集院くんが、初めてテーブルから顔を上げた。

 彼はまえがみをかきあげて、私と冬馬に気だるげな目を向ける。

「……さわがしいなぁ。ボク、明日あしたヘビーな仕事があるんだけど」

 彼はぼそぼそっと、口を動かすのもメンドくさいっていう様子でつぶやく。

「あっ、すみません」

 私はそつこう謝ったけど、冬馬はけんにシワを寄せた。

「なんだよ、秋人だってさっき、メイドにキャアキャア言われてたじゃねぇか」

「いつものコトだから、別に。女子の声は小鳥のさえずりと同じだ」

 それきり興味をくしてグラスをかたむける伊集院くんに、冬馬はうなって歯を鳴らす。

 この二人、めちゃくちゃ気が合わなそうだけど、同室で大丈夫なのかな。

 でも今、聞き捨てならないコトを言ってた。「ヘビーな仕事がある」って、つまり彼も学生にして働いてるってことだよね。

「夏さん、もしや彼も勤労学生ですか」


 ひそっと聞けば、夏さんはうなずく。

 やっぱり!

 ってことは、このお坊ちゃまおじようさままみれの学園の中、ゆいいつ私と同じ立場の人だ!

 彼もハイソサエティになじめなくて、このテンションの低さ? ロココな貴族みたいな容姿だけど、意外と苦労してるんだな。

 口には出せないけど、私はお仲間ですよ、伊集院くん。いつぱん人同士、つつましやかに助け合っていきましょうね……!

 心の呼びかけが届いたのか、彼は重たそうなマツゲを持ち上げ、私を見る。



 ──ゴミを見るような、さげすんだ目。



 ガタッとを立つ音。

 灰のように白くなった私が我に返った時には、彼はすでに食堂から消えていた。

 し、心臓が、ひび割れた……!

 すると夏さんがナプキンで口もとをふきながら息をつく。

「彼の仕事はファッションモデルだよ。海外ブランドのこうこくとうも務めてる、芸歴十六年のベテランだ。君、知らなかったのか?」

「……そういえば、どっかで見たことあるような……」

 私、世情にウトいんだ。けいたい料金は最低レベルで設定してるから、ファンスタ友達以外のところは、極力見ないようにしてるし、パソコン開いてるときは内職に追われて、ほかのサイト見てるヒマないし。今はきアパートにはテレビもなかったもんな……。

 でも言われてみれば、あの美しい顔、駅のポスターとか、ファンスタで流れてきた写真にってた気もしてきた。

 なにがお仲間だ。天と地の差があるわ。

「伊集院は母親がイギリス人で、ここに来る前はあちらのスクールにいたそうだ。今後も、仕事で行ったり来たりになるらしいね」

 ひそひそ教えてくれながら、夏さんはふいに私を見下ろした。

 そしてなぜか、くちびるのハシをニッと持ち上げる。

「仕事でいそがしいのは、君も同じだったね。

 いっ、いじわるだ……っ!

「俺も先に失礼するよ。ごちそうさまでした。これ食べていいから。甘いの好きだろ」

 さっさと食事を終えた夏さんは、デザートのケーキに手つかずで席を立つ。

 とうそうしんメラメラの古武道むすに、人様をゴミくずあつかいのげんえき高校生モデル。そんなツンツンコンビがおとなりで、たよりの夏さんは頼りにされる気ゼロと来たもんだ。

 ああ、気が遠くなってきた……。

 私は打ちひしがれながら、いまだニラみつけてくる冬馬に、へにゃりと、ごまかすようなみをかべるので精いっぱいだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る