practice1~練習1~ 4



「……難しい問題だね」

 美桜は実際にあれこれ対策を考えていたようで、返事があるまでに間が空いた。

 夏樹も名案が浮かばすにまゆをさげてうなずく。

「それにしても綾瀬君、なんで急に髪を切ったんだろう? 高校生活最後の夏休みを前に、キャラ変したかったってこと?」

 天然ゆえの直球すぎるあかりの発言に、さすがの夏樹も「ははは」と笑うしかない。

 美桜だけは何か気になることがあるのか、ぼそりとつぶやいた。

「……本当に、それだけなのかな」






 疑問と課題でまっていくホワイトボードから視線を外し、優はてんじようあおぎ見る。

 議題は、卒業制作もねた新作の映画についてだ。



 ヒロインが主人公に告白しようと思った理由は?

 そもそも、なんで彼女は彼を好きになったのか?



 赤丸で囲まれた文字たちは映画の中のできごとなのに、ようしやなく胸にさってくる。

 昨日からずっと、夏樹の「告白」が頭からはなれないでいた。

(予行練習って……。よりにもよって、なんで俺なんだよ)

 予行ということは、本番があるということだ。

 そして練習相手である優は、最初から本命候補ではない。



 考えごとをするポーズをとりながら、いつしよに机を囲む顔をぬすみ見る。

(なつきが俺以外につるんでいる男子っていったら、こいつらになるけど……)

 芹沢春輝、望月蒼太、ここにはいない紅一点の榎本夏樹。性別を意識する前から四人でつるんできたし、幼なじみという事実は、この先もずっとついて回るものだ。

 そのことに不満はないし、高校に入ったからといって、あわててきよをとるような関係でもない。いまさらにんぎように接したりすれば、もれなく鳥肌ものだ。



 とはいえ、しみついた身内感覚はもろやいばにもなる。

 これまで優は、じようだん半分照れ半分で「性別・夏樹」などとからかってきた。

 それがいまとなっては、全部自分に返ってくる。となりにいるのが当たり前すぎて、夏樹にとっても「性別・優」になっていないだろうか。

 告白予行練習の相手に選ばれた以上、少なくとも男としてはにんしきされているだろうが、こいびと候補にエントリーすらさせてもらえなかったのではないかと思う。

(ただの幼なじみを卒業するのって、こんなに大変なもんなのか……)



 思わずため息をもらすと、隣に座る蒼太が耳ざとく反応した。

「優って、なんだかんだマジメだよね。そんな深刻に考えなくてもいいんじゃない?」

 いま考えていた夏樹のことを言い当てられたかのようで、ひやりとする。

 だが視界のはしに映りこんだホワイドボードに、映画の話だったと思いだす。どうようさとられないようにといのりながら、優はゆっくりと口を開く。

「……いや、でも、ヒロインの心の動きって重要だろ? やっぱちゃんと考えないとでしょ」

「それはそうなんだけどさ、優って基本、バラエティの人じゃん」



 蒼太の言うことも、一理ある。

 優はハリウッドの大作やコメディ映画が大好きで、れんあいものはいまいちピンとこない。

 対する蒼太はジャンルを問わずはばひろるタイプで、とくに恋愛ものには目がなかった。お気に入りの作品は、きやくほん集やDVDを買いそろえるコレクター気質でもある。

 春輝は、二人とはちがった。いわゆる単館系と呼ばれるようなエッジの効いた作品を好んで観ている。実際に映画館に足を運ぶ回数は、三人の中では一番だった。



 もんに「三人で一本ることにしました」と報告に行った際も、第一声は「だいじようなの?」だった。あまりに深刻な声に当時はふきだしてしまったけれど、その気持ちはよくわかる。

 事実、テーマ決めは難航した。

 最終的に恋愛ものでいこうと決まったのは、春輝のつるの一声だった。

『まだ撮ったことないし、一度やっておくか』

 蒼太の案に反対していた優も、春輝に言われてしまえば逆らえない。

 何しろ、映画研究部をつくった動機が、彼の才能にれこんでのことだったのだから。



 はじまりは、二年前の高校一年生の秋。

 春輝がネットでひっそりと公開していたショートフィルムが、夏休み中の間に、生徒たちの間でじわじわと広がりを見せた。やがてうわさを聞きつけた評論家の目に留まり、ブログや雑誌でとりあげられたことで、一層多くの人の目にふれることになった。



(あいつ、最初は『映画づくりはしゆのひとつだ』なんて言ってたんだよな)

 照れかくしだったのかもしれないが、フィルムを観たあとでは、優も蒼太もどうにかして次作を撮ってもらおうと必死になっていた。春輝の映画に、すっかりハマってしまったのだ。

 勢いで立ち上げた同好会も、翌年にはこうはいたちが加わり、正式に部にしようかく。前後して春輝の作品が賞をり、学校からそれなりの額の部費も出るようになった。

 かんきようが整ったことで、春輝はますます精力的に映画を撮っている。



(女子にも人気あるし、もしかしてなつきも……)

 ちらりと、正面に座る春輝へと視線を送る。

 だんのライオンのようにゆうゆうとしたふんとは違い、さっきからだまってうでを組んだまま、ピリピリとしたきんちようかんを放っていた。

 優と蒼太の会話も耳には入っているのだろうが、どうだにしない。

(すごい集中力だな……。頭の中、どうなってるんだ?)



 視線に気づいたのか、ふいに春輝がこちらに顔を向けた。

(違う、俺じゃなくて……)

 ホワイトボードの一点を見つめ、もごもごと口が動いている。

 次のしゆんかん、春輝が勢いよく立ち上がり、座っていたイスが派手な音と共にたおれた。



「わかった! 何が足りないって、絵だ」



 かんの声をあげる春輝に、優と蒼太がそろって首をかしげる。

「足りないって、どこに?」

「絵? なんの?」

 春輝はひらめいた結果だけ口にするクセがあり、周りの人間はしょっちゅうポカンとさせられる。

 慣れている二人でも、思考回路をたどるのは至難のわざだ。



 優たちの質問には答えず、春輝がいらたしげに舌打ちする。

「なんで思いつかなかったんだ? こんだけ材料そろってたら、ほかに答えはないだろ」

 自分に腹を立てているらしく、ため息をつきながら額に手を当てた。

 しばがかった言動に見えるけれど、計算でもなんでもなく、自然と出てしまうのだということを、優も蒼太も知っている。それだけ映画づくりに集中し、全力を注いでいるのだ。

(ほんと、すごいやつだよ……)

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