第三章 もう一人の、彼_1
「……はあ~~」
二日連続で
とにかくもう、恥ずかしいやら訳が分からないやらで、折坂くんに会うのが
足元に目を落としてトボトボ歩きながら、何度も
この二日間のこと。
総合的に考えると、やっぱり告白されたあの日のことが夢だったのかなぁ…って、私は思い始めていた。
だって……折坂くんとは
────でも、だとしたら。
私って、イタい
「おはよー、リン」
やっぱり帰ろうかな、なんて考えていた時に背後からポン、と
声の主は亜美で、当然だけど何も知らない彼女はいつもと変わらずニコッと明るく
「……亜美。……おはよ」
「あれ、どした? なんか暗くない?」
私の顔を見た亜美が、びっくりしたみたいに目を丸くする。
「んー。ちょっと、
「なんで?
「……ってゆーか……」
例の話を亜美にしようかどうか迷いながら、
「…………っ」
カァッと、体中が熱くなってくる。
ドクン、ドクンって嫌な動悸がしてきて、私は根が生えたみたいに一歩もそこから動けなくなってしまった。
その時、靴を
一瞬二人の間にだけ、ピリッとした空気が流れる。
私を見た折坂くんは何か言いたげに口を開きかけたけど、私は彼からサッと目を
「リン?」
立ち止まってしまった私を、亜美が不思議そうに
ハッと顔を上げると、折坂くんは少しこちらを気にする素振りを見せながらも無言で
「……ねえ、亜美」
「ん?」
靴を履き替えて教室へ向かいながら、私は横を歩く亜美にチラッと目を向けた。
「亜美ってさ。確か折坂くんと1年の時同じクラスだったよね?」
「え? うん、そうだけど?」
「折坂くんて、どんな人だった?」
「は?」
「どんなって、別に……。今と変わらないけど? いい意味でも悪い意味でも
「……例えばさ、急に性格が
「は? ないよ、そんなの」
「…………だよねぇ……」
自分で聞きながら、そんなことないよなぁ……と、私は心の中で思っていた。
あまり接点がなかったとはいえ、この半年間クラスメートとして見てきた折坂くんは、ホントに『普通の男子』だった。
それこそ亜美の言う通り、派手でもなく地味でもなくて、いっつも男子同士でつるんでて、明るく笑ってるような印象しかなくて……。
あんな風に柔らかく笑うイメージも、冷たい目をするイメージも、なかったんだけど……。
(……もういいや、忘れよう)
授業中、なるべく折坂くんを視界に入れないようにしながら、私はそんな風に考えていた。
夢だったにしろなんにしろ、昨日あんな風に
元々別に好きな人だった訳でもないし、話したこともなかった人だし。
この二日間のことは悪い夢だったと思って、忘れてしまえばいいんだ。
そしたらもう、元に
ほとんど接点もなかったただのクラスメートの関係に、戻るだけだ……。
──そんな風に、なんとか気持ちを切り替えようとしていた矢先の、昼休みだった。
亜美と向かい合ってお弁当を食べていた私の横に、スッと人が立った。
不意に机の上に
「…………っ」
それが折坂くんだとわかった
(なっ、なななな、何っ!?)
気を
私だけでなく、向かい合って座っていた亜美までが、びっくりしたように折坂くんを見上げていた。
「……長谷部。今、ちょっといい?」
どこか
昨日のことがあったから、私はとっさに身構えてしまう。
「……え?」
「昨日のこと、なんだけど」
「…………っ!」
昨日の話をこの場でされるのはマズイと思い、私は思わず折坂くんの手首を強く
「ばっ、場所変えよう!!」
「え。……ああ、うん」
二人きりで話をする場所がすぐには思い付かず、結局私達はその足で屋上へと向かった。
夏が終わって気候がよく、屋上でお弁当を広げている生徒が多くて内心で私は舌打ちをする。
それでも、タンク裏の
(……やだな。……ここ)
あの日は
「長谷部」
背後に立っていた折坂くんに声をかけられて、私はビクッと体を
おそるおそる、振り返る。
彼の顔を見た瞬間、昨日の冷めた目を思い出して、私の心臓はきゅうって縮むような感覚を覚えた。
「は、話って、何?」
少し何かを考え込んだ後、
その顔は一昨日とも昨日とも
「───昨日はなんか……ちょっと態度悪くて、ごめん」
「……え」
いきなりの謝罪の言葉に、私は軽く
「それで改めて、昨日長谷部が言ってたこと、
「き、昨日……って……」
「俺が、告白したとか何とか」
「あ、あれはもういいよ。……多分、私の
「…………」
「折坂くんが言った通り、夢でも見てたんだよ。……だからもう、忘れて」
昨日の
今はもうただ、一刻も早く会話を終わらせて、この場を立ち去りたかった。
すると折坂くんはキュッと
昨日のキツい印象とは打って変わっての彼の様子に、私は激しく混乱する。
……一体全体、どうしちゃったんだろう……。
「勘違いしてんの、俺かもしんない」
「え?」
ボソッと折坂くんが
折坂くんは不安げな表情のまま、ふと目線を
「ぶっちゃけ俺……覚えてないんだ……」
「…………」
「昨日は長谷部に、家にいたって言ったけど……。ホントはその時間の記憶がスッポリ抜けてるんだ……」
「ど、どういうこと?」
「俺もよくわかんねーんだけど。……三日ぐらい前からポツポツ記憶が抜けてる時間があって……」
「…………」
「長谷部に言ったことは
折坂くんは、ぎゅっと
「昨日も長谷部と別れて学校を出たまでの記憶はあるんだけど、ハッて我に返った時は全然知らない場所にいて、二時間ぐらい
正直、折坂くんの言っていることがよくわからなくて、私は
記憶がないって……一体どういうことなんだろう。
彼は一体、私に何を言いたいんだろう……。
じっと彼の顔を見つめていると、折坂くんは体を反転させて両手でガシャッと金網を摑んだ。
「だからもしかしたら……長谷部に告白したっていうの、やっぱり俺かもしんねぇ」
「えっ?」
そこに話が
折坂くんは、ゆっくりと顔だけをこちらに向ける。
「記憶がない時間に俺、無自覚に色々なんかやらかしてんのかも…って。そう思ったらすげー
「…………」
「だから一昨日、俺が告白したって話、詳しく聞かせてほしい」
折坂くんの私を見る目付きは、
不安の
まぁ、確かに……折坂くんの言うことが本当なのだとしたら、その
彼の様子からして、噓をついている風ではないし……。
何が何だかわからなくて
一昨日のことを思い出しながら、ポツリポツリと説明を始める。
折坂くんは金網に
時々
何だか、告白された話を当の本人に説明するのが恥ずかしいやら、折坂くんのその顔が怖いやらで、
私が話し終わると同時に、昼休みの終わりを告げる
「…………」
チラッと折坂くんの顔を
「……ありがと、長谷部」
「えっ。あ……いえ」
「あと悪いんだけど……。放課後もうちょっと、話聞いてもいいかな」
「え。……うん。あ、でも、委員会の後になるけど」
「委員会って……。ああ、学祭の」
「うん。
「────わかった」
折坂くんはふぅっと大きく息を
まだ何か言おうとしてるのかな、と思い、彼の口元を見つめながらじっと続きを待っていると。
折坂くんは人差し指で
「昨日は……ホントにごめん。感じ悪くて」
ボソッと言った後、彼の顔がうっすら赤く染まる。
その表情に、私はびっくりして息を飲んでしまった。
「
「…………!」
ペコンと頭を下げられて、私はブンブンと勢いよく首を横に振った。
「う、ううん。気にしてない。平気」
ホントはめちゃくちゃヘコんで気にしまくってたけど。
理由聞いたら、仕方がないなって思えたし。
謝ってもらって、ちょっと気が晴れたというか。
ぎこちなくだけどニコッと折坂くんに笑いかけると、私の顔を見た折坂くんは少しホッとしたように表情を
……そうして照れたように、小さく笑い返した。
───ああ、また。
初めて見る表情。
私が知らなかっただけで……多分折坂くんは、もっといっぱい色んな顔を持ってるんだろうな……。
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