第89話 捕虜を解放すること、罠の如し
俺たち武田軍は、
威力偵察に来た
有刺鉄線に絡まった兵二十人は捕虜だ。
俺は捕虜二十人を一カ所に集めた。
捕虜たちは何をされるのかとビクビクしている。
「寒いだろう。今、火を起こそう」
俺はネット通販風林火山で買ったキャンプ用の薪ストーブを設置して薪をくべる。
着火剤を使って火をつけると、薪ストーブはすぐに暖かくなった。
薪ストーブは、黒塗りでステンレス鋼と合金製だ。
国産で二万円。
捕虜たちは銀色に光る煙突を不思議そうに眺めている。
「腹が減っただろう? 味噌汁と握り飯を持ってこさせるから待ってろ」
俺は近習に味噌汁と握り飯を持ってくるように命じた。
「御屋形様! メシなど食わせる必要はありませんぞ!」
「飯富虎昌。これも作戦なのだ。
「えっ!? 南様の!?」
飯富虎昌は、作戦と聞いて黙って引き下がった。
近くには妹で軍師の南がいる。
南は、俺と飯富虎昌のやり取りを見てニコリと俺に微笑む。
可愛い少女の笑顔のはずだが……。
裏があるように感じてしまうのは、相手が軍師だからだろうか。
お嫁さんに行けるのか、お兄ちゃんはちょっと心配だぞ。
南だけでなく、奥さんの
俺は味方の視線を感じながらも、軍師の南と打ち合わせた通りに捕虜たちへの対応を進める。
近習に命令された武田軍の兵士が大きな鍋を運んできた。
薪ストーブの上に大きな鍋を置く。
兵士が蓋を開くと、味噌の良い匂いがあたりに漂った。
俺は兵士に大きめの声で聞く。
「味噌汁の具は何かな?」
「へえ。大根と里芋でさあ」
「俺にも一杯もらえるか?」
「へえ。どうぞ!」
兵士から木の器に入った味噌汁と箸を受けとる。
「おっ! 具沢山だな!」
俺はズルズルっと音を立てて味噌汁をすすり、ハフハフと息を吐きながら大根と里芋にかじりつく。
「美味しいなぁ~。味が染みてるなぁ~。おまえたち当番の者が作ったのか?」
「へへへ。そうでさあ。ちょいと長めに煮込みましたんで、いい具合に味が染みてるんでさぁ」
「里芋なんて、トロトロだな! アツ! アツ!」
俺はリアクション芸人の『アツアツおでん』みたいな仕草をしてみせる。
二十人の捕虜たちは、最初は疑わしい目で見ていたが、段々興味を持ちだした。
そこへ握り飯が到着。
白い握り飯の側面に、味噌がべたっと豪快に塗りつけてある。
「おっ! 握り飯ももらおう!」
「へい!」
右手に握り飯を持ち、左手に椀を持つ。
握り飯をかじっては、椀の味噌汁をすする。
「おお! 旨い! 寒い冬に暖かい食べ物は、たまらんなぁ~! 握り飯と味噌汁は最高だ!」
「へへ。お褒めいただきありがとうごぜえます」
俺の食いっぷりを見た捕虜たちの喉がゴクリと鳴った。
「あの~すいません。俺たちも食べて良いですか?」
「おお! 食え! 食え! これはお前たちの分だぞ!」
二十人の捕虜たちが、ワッと食事に群がった。
戦の後だから、メシが旨いよな。
俺は捕虜たちが食べ終わるのを待ち、声を掛けた。
「じゃあ、気をつけて帰れよ!」
「えっ!? 帰ってよろしいので!?」
俺が帰って良いと言うと、捕虜たちはキョトンとした。
そりゃそうだ。
捕虜になって何をされるかと心配していたら、『帰って良い』だからな。
俺はとぼけた顔で捕虜たちに告げる。
「おう。良いぞ! 明日も食べに来いよ。食事を振る舞うぞ!」
「「「「ええっ!?」」」」
捕虜たちは、さらに驚く。
俺はすっとぼけて続ける。
「そうだな。白い布を振ってくれ。そうしたら、交戦の意思なしとみなしてメシをおごる。じゃあな。風邪引くなよ」
「あの……、そちら様は、どちらのお殿様ですか?」
「俺は武田家の当主武田晴信だ」
「「「「「「「えええっ!?」」」」」」」
俺は笑顔で捕虜たちを見送る。
捕虜たちは、狐につままれたような顔で帰っていった。
ヨシッ! 第一段階成功!
俺と軍師の南は、目が合うとニヤリと笑った。
「御屋形様! これはどういうことですか!?」
だが、ニヤリとしたのは作戦内容を知っている俺と南だけで、飯富虎昌、真田幸隆殿、村上義清殿、奥さんの香、恵姉上は、困惑しきりだ。
俺は飯富虎昌たちに指示を出す。
「飯富虎昌。夜になったら密かに陣を抜け、別働隊の援軍に行け。板垣さんたちに合流するのだ」
「えっ!? ええ!?」
「騎馬を連れていけ。ここ諏訪は、先ほどの戦のようにひたすら守りに徹する」
飯富虎昌は腕を組んで考え込んだが、真田幸隆殿は俺の狙いがわかったようだ。
真田幸隆殿が話し始めた。
「武田殿の狙いが読めました。ここ
「そうです。真田殿、村上殿も飯富虎昌に同行して下さい。そして、佐久で勝利したら、そのまま北上し、長尾軍別働隊を
「そして、長尾軍本隊を諏訪に封じ込めると」
「その通りです」
今回の戦いは、広域戦だ。
戦場は、ここ諏訪だけではない。
甲府の北西にある佐久にも長尾軍の別働隊が襲いかかっている。
佐久
↓
↓
と攻め上がってもらう。
真田幸隆殿と村上義清殿が同行すれば、国人領主や地侍たちもこちらに味方するだろう。
俺たちが対峙している長尾軍本隊が越後に帰るには――。
諏訪
↓
信濃府中 林城(現在の松本、小笠原領)
↓
葛尾城(村上領)
――のルートを進まなければならない。
信濃は山があるから、行軍ルートが限定されるのだ。
そこで、一隊が長尾軍本隊を引きつけて、戦力を強化した別働隊が一気に葛尾城まで進出して長尾軍本隊の逃げ道を塞ぐのだ。
もちろん、越後まで山間の
今年は雪が少ない。それでも、冬期に山間ルートを大軍が踏破するのは不可能だ。
真田殿と作戦を打ち合わせると、横で聞いていた村上義清殿が鼻息荒く豪快に笑った。
「ワハハ! 面白い! やってやろうではないか!」
「頼みます。香も別働隊の方へ行ってくれ。突破力のあるメンバーを揃えたい」
「わかった! ぶっ飛ばしてくるわよ! ねえ、ハル君。それと食事はどう関係があるの?」
香の質問に南が答えた。
「長尾軍本隊に、作戦を悟らせないためです。にらみ合いになれば、長尾軍の兵糧が減りますよね。そうすると、長尾軍はこちらの狙いが持久策だと気が付きます。すると別働隊の動きを気にするでしょう」
「それで、敵にご馳走するのね……。ギリギリまで作戦がバレないようにするために……」
「そうです。長尾軍別働隊が敗れれば、伝令が長尾軍本隊に向かいます。それまで時間を稼げれば……」
「なるほどね!」
南の説明で香は納得したようだ。
俺はさらに補足説明をする。
「長尾軍本隊が撤退を始めたら、俺たちは追い打ちをかける。上手くやれば、葛尾城あたりで挟み撃ちに出来るかもしれない。まっ! 最高に上手くいった場合だけれどね」
飯富虎昌が歯をむき出しにして好戦的な笑みを見せる。
「その為には、我らが敵を打ち破る必要がありますな! 承りました! 香様! 参りましょう!」
「虎ちゃん。出発は夜だよ」
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