第80話 救援に向かうこと、義将の如し
――翌日。
俺は朝早く起き身を清め、武田家伝来の家宝『御旗楯無』に勝利を誓った。
「御旗楯無も御照覧あれ!」
武田軍は、甲府を出発した。
本隊は諏訪へ、別働隊は佐久へ向かう。
陣容は以下の通り。
◆――武田軍――◆
■本隊(諏訪救援)
兵士:三千
大将:武田晴信(俺!)
副将:飯富虎昌
副将:村上義清(客将・信濃衆)
参謀:真田幸隆(客将・信濃衆)
■別働隊(佐久救援)
兵士:一千
大将:板垣信方
副将:甘利虎泰
参謀:大井貞隆(客将・信濃衆)
■本隊支援(道路敷設)
普請奉行:馬場信春
■本隊後詰め(予備戦力)
・千鶴隊(女弓隊)
・玄武隊(少年投石隊)
・武田香(奥様)、武田恵(姉上)、武田南(妹)
◆――守備・留守居役――◆
■甲府
留守居役:駒井高白斎
情報担当:富田郷左衛門
■本栖城:横田高松、渡辺縄(国人、九一色衆)
■蒲原城:小山田虎満、蒲原満氏(駿河衆)、風魔小太郎
俺は、軍勢を率いて諏訪家の救援へ向かう。
諏訪家からは、悲鳴のような援軍要請が何回も届いているのだ。
飯富虎昌が俺に馬を並べて来た。
「御屋形様!」
「なんだ?」
「香様は後詰めでよろしいのですか?」
飯富虎昌の口調がキツイ。
香の扱いに、憤っているのだろう。
俺は自分の首をかきながら、眉根を寄せて答える。
「仕方ないだろう……。まさか、あんなに反対意見が出るとは思わなかった……」
俺の構想では、奥さんの香、恵姉上、妹の南は、俺の直轄として使うつもりだった。
しかし、信濃から逃げてきた連中から反対意見が出た。
『女子を戦場に連れて行くのは、いかがなものでしょうか……』
『うーむ……武田家の女衆は、女丈夫揃いと聞きますが……』
『験が悪いですな……』
遠慮がちにだが信濃衆が反対をすると、甲斐の国人領主たちからも反対意見が出た。
『左様! 左様!』
『前回の戦は、武田家存亡の危機でしたから止むなしと思いましたが、こたびの戦は……』
『女子を連れていては、他国の領主に侮られますぞ!』
これには、俺、板垣さん、飯富虎昌も驚いた。
甲斐の国人領主たちは、香たちの活躍は目の前で見ているのだ。
反対意見が出るとは、思いもしなかった。
甲斐国は、保守的なのだ……。
おまけに国人領主の力が強い。
有力国人領主である小山田家と穴山家を討ち滅ぼしたことで、国人領主たちの力は大分下がった。
だが、まだ、武田家による中央集権とまではいかない。
国人領主たちが、香たちの参戦を反対するのであれば、俺も軽視出来ない。
女性だけの千鶴隊、惣太少年が率いる投石の玄武隊の参戦にも、反対意見が出た。
千鶴隊は女だから、玄武隊は出自がはっきりしない子供の集まりだから。
そこで妥協案として、後詰め――つまり後から来る援軍として参戦することを提案し、了承を得た。
「まあ、後から来るからヨシとしよう」
「まったく! 香様は、甲斐国でも五指に入る武将ですぞ! 無礼が過ぎる!」
「そうだな。香の分も、オマエが働いてくれ」
「合点承知!」
飯富虎昌の鼻息が荒い。
「御屋形様。そういえば、小笠原家の兄弟は、よろしいのですか?」
「ああ。本当に山内上杉家に行ってしまったな」
小笠原長時と小笠原信定の小笠原兄弟は、本当に武田家を去ってしまった。
上野の山内上杉家に向かったらしい。
小笠原家当主の小笠原長棟殿は恐縮していたが、どのみち小笠原家の兵士は数人しかいない。
あの二人がいなくなっても、大勢に影響はないのだ。
「小笠原長棟殿が、こちらにいる。心配ない」
「左様ですな」
信濃守護小笠原家当主の小笠原長棟殿が、武田家に逗留している。
このことが、今回の軍事行動に正当性を与えてくれるので、あの二人はいなくても問題ない。
むしろ、いなくなってせいせいした。
「それより、今日はよくしゃべるな……。香が心配か? 香だったら、恵姉上と南がいるから大丈夫だろう」
「いえ、香様ではなく。御屋形様が……」
「俺!?」
飯富虎昌は、真剣な顔で話を続ける。
「本隊が手薄です」
「いや、兵士は三千集めただろう?」
三ツ者頭領富田郷左衛門が奮闘したおかげで、徐々に情報が集まってきている。
長尾軍の規模も判明したのだ。
武田軍と長尾軍を比較してみると――。
◆武田軍
・本隊(諏訪救援) 三千
・別働隊(佐久救援) 一千
◆長尾軍
・本隊(諏訪攻略) 二千五百
・別働隊(佐久攻略) 一千
――と互角の兵力だ。
これにプラスして、現地の諏訪家の兵士や籠城している佐久の国人領主の兵士がいる。
さらに、各地へ檄文を送って参陣を要請しているのだ。
「飯富虎昌。冬のわりには兵の集まりが良いと、板垣さんも言っていたぞ。兵力は互角か、こちらがやや有利だ」
「兵士数ではありません。将の数です!」
「武将の数か……」
つまり軍全体を動かす上級指揮官の数が足りないと飯富虎昌は言っているのだ。
「それはそうかもしれないが……。今川への備えも必要だし、北条だってどう動くかわからない」
「停戦をしているじゃないですか!」
「いや、長尾軍は事前に調略をして裏切り者をつかっている。今川や北条へ働きかけをしているかもしれないだろう?」
「グッ……。それは……」
「停戦中だが、信じ切るのは不味い。備えは必要だ。その為に、小山田虎満たちをはりつけているのだ」
「では、別働隊の甘利か板垣を今からでも呼び寄せて下さい!」
どうしたのだろう?
飯富虎昌は、珍しく真面目に俺に忠言をしてくる。
「別働隊に騎馬隊はいない。徒の兵士だけだ。となると甘利虎泰は外せない」
甘利虎泰の一芸は【獅子奮迅】だ。
【獅子奮迅:野戦において非常に力強い能力を発揮し、多くの兵を非常に巧みに指揮する】
野戦指揮官として、これほど頼りになる一芸もないだろう。
「別働隊は、救援先である佐久の国人領主との折衝がある。それに山内上杉家が援軍を送り込んでくる可能性も少ないがある。山内上杉家との折衝となれば、板垣さんじゃないと無理だろう?」
「うーん……、それはそうですが……」
「本隊は村上義清殿に一隊を指揮させる。参謀として真田幸隆殿もいる。武将の数は、多いに超したことはないと思うが、足りるだろう?」
「やはり、香様と恵様に来て頂きましょう!」
そこかよ!
飯富虎昌は、心配した風を装って香を参陣させたいだけじゃないのか?
飯富虎昌は熱弁を振るう。
「村上殿が千! それがしが千! 香様と恵様がそれぞれ五百の兵を率いれば、四隊になります!」
「いや、まあ、わかるが……。香たちを今すぐ呼ぶのは、無理だぞ。国人領主たちから、反対意見が出ただろう?」
「あんなヤツら無視すれば良いじゃないですか!」
「そうもいかないだろう……。とにかく香たちは後詰めで、後から来るのだ」
「むううう……不安でござる……」
飯富虎昌の言葉に、俺も何となく不安を覚えた。
しばらくすると、冬空が曇り、チラチラと雪が舞い始めた。
諏訪へ急ごう。
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