第8話 ボッタクる事、怪しげな飲み屋の如し

「ひゃひゃひゃ! かしこまりました!」


 小山田虎満おやまだとらみつはすぐに馬場信春ばばのぶはるを連れて来た。

 二十歳と聞いていたが、もっと落ち着いた三十代半ば位の感じだ。


馬場信春ばばのぶはるにございます」


 俺は上座で鷹揚おうように肯いてみせる。

 すぐに小山田虎満おやまだとらみつが事情説明を始めた。


「若様。もともとこやつは教来石きょうらいしと申しましてのう。信濃しなのの国境に近い所の出でしてな」


 教来石きょうらいし? 随分と変わった名前だな。


「それが何で馬場に?」


「戦で随分活躍いたしましてなあ。その褒美に馬場姓を名乗る事を、信虎様から許されたのですわ」


「……ふむ」


 どうやら褒美として『馬場』という名前を貰ったらしい。

 俺が事情を今一つの見込めないでいると、板垣さんがフォローしてくれた。


「馬場家は武田家の中でも名門家臣の家でございます」


「そうか。じゃあ、褒美としてはかなり名誉なのかな?」


「左様でございます。ただ……先代の馬場家当主の馬場虎貞は信虎様によって御手打おてうちになっておりまして……」


「ええ!? 処刑されちゃったの? 何で? 名門の家臣でしょ?」


諫言かんげんが信虎様のご勘気かんきに触れまして……馬場家は断絶しました」


 それも酷い話だな。

 部下の小言がうるさいから斬ってしまえ! って事だ。

 何やっているんだ! 信虎パパ!


「それで、その断絶した馬場家の家名を、そこの信春が褒美に貰ったと」


「左様でございます」


「ふむ。馬場家先代は気の毒に思うが、信春が馬場家を継いだのは問題がないと思うが?」


 小山田虎満おやまだとらみつがずいっと前へ進み出た。


「それがですな。信虎様は家名だけをお与えになられて、知行ちぎょうはお与えになりませなんだ」


「知行はなし……」


 知行とは、領地の事だ。

 つまり『馬場』という名前だけ褒美として与えて、馬場家が持っていた土地は与えなかったって事か。


「じゃあ、馬場家の領地は? 武田家が持っているって事?」


「左様! ですので、ここな馬場信春ばばのぶはるは知行がござらぬ」


「うーん。そういう事か……折角手柄を立てたのに、名誉だけってのもなあ……」


「見方を変えれば、武田家の懐が痛まぬ褒美で済ませたとも……」


「小山田殿!」


「ひょほ!」


 板垣さんが小山田虎満おやまだとらみつをたしなめたが、小山田虎満おやまだとらみつが口にした批判もあながち的外れじゃないだろう。

 戦働きがただ働きじゃ、やってられないよな。


「あいわかった。馬場信春ばばのぶはる、それで望みは? 遠慮せず申せ」


「は……恐れながら……米に金子を少々融通していただければ……」


「わかった。何か困った事があれば、遠慮せずに言ってくれ。家中で助け合うのは当然の事だからな」


「ありがたく!」


 馬場信春ばばのぶはるには金と米を与える事にした。

 これ位で馬場信春ばばのぶはるの気が引けるなら安い物だ。

 鑑定した馬場信春ばばのぶはるの一芸を見ればもっと色々あげたくなる。



馬場信春ばばのぶはる 一芸:不死身の鬼 土木達者】

【不死身の鬼:戦場で非常に優秀な能力を発揮し、多くの兵を従え、幸運に恵まれる】

【土木達者:内政面で優秀な能力を発揮し、特に土木にて非常に優秀な能力を発揮する】



 いやいや、一芸が二つある人もいるんだね!

 戦場、内政と活躍が期待できるし、土木が得意なら小山田虎満おやまだとらみつから築城を学んで貰おう。


 馬場信春ばばのぶはる小山田虎満おやまだとらみつが下がると駿河屋するがや喜兵衛きへいと面会だ。

 忙しいな。


「若様、駿河より戻ってまいりました」


「うん。どんな感じですか? 順調?」


 喜兵衛きへいとの付き合いも長いし、取引回数も増えている。

 俺も気軽な口調で肩の力を抜いて話す。


 俺の派閥が増大してしまったので、金が必要になっている。

 そこで喜兵衛きへいからの希望もあって、酒と米の取引も始めた。


 俺が提供している酒は、ネット通販『風林火山』で買った清酒だ。

 これが評判良い。どうやらこの世界には清酒はないらしい。みんな『どぶろく』や『濁り酒』を呑んでいるそうだ。

 そこへ俺が清酒を持ち込んだモノだから、のんべえたちは大歓喜している。

 取り扱いは駿河屋するがや喜兵衛きへいのみとして、売り上げの40%を俺に収めて貰っている。


 米も精米した現代日本のブランド米の為、味の評判が良い。

 けれども味以上に米が売れている理由は、米不足だからだ。


「米不足は、どうですか?」


「はい。ここ数年甲斐では不作が続いておりますが、信濃しなの上野こうずけも厳しい様でございます」


 信濃しなのは長野県、上野こうずけは群馬県だ。

 寒い地方で米の出来が悪いという事だろうか?


「今川家の駿河するが、北条家の相模さがみ武蔵むさしはどうだ?」


「そちらは『やや悪い』と言った様子ですね。ただ、甲斐、信濃しなの上野こうずけよりは、マシでございます」


「すると全体的に米の出来が悪いのか……」


「左様でございますね。海路で堺の商人も米の買い付けに来ております」


「堺から!? 随分遠くから来てるね!?」


「畿内の方も不作が続いているそうです」


「うーん……」


 俺は腕を組んで考え込んでしまった。

 最近になって俺も世相が分かって来た。武田家家臣に金や米をばらまく過程で聞いた情報や駿河屋するがや喜兵衛きへいとの取引を通じて得た情報だ。

 甲斐国と近隣では不作が続いていて米が不足している。


 歴史書によると戦国時代は度々不作、最悪の場合はききんが起きている。

 ききんなんて体験した事がないから、どういう事になるのか想像もつかない。


 一説によると戦国時代は小氷河期とでもいうような時期で、太陽の活動が下がって現在よりも気温が低かったそうだ。

 現代日本の様に寒冷地でも育つ品種改良された作物など無いし、農業技術や治水技術も低い訳だから、低温不作によるダメージは現代の比ではないだろう。


 とは言え……。

 俺がネット通販『風林火山』で買い付けて来る米で甲斐国や近隣の国々全てを救う事は出来ない。俺を支持してくれる連中に渡してやるのが精一杯だ。


 こうして『食』の側面から考えてみると戦国時代は『食不足』で起きたという見方も出来るのかな……。

 すると開墾をして田畑を増やすとか、治水工事を行うとか……農業面を改革していく必要があるな……。


 俺が黙って考え込んでいると駿河屋するがや喜兵衛きへいが話題を変えて来た。


「若様! 金平糖こんぺいとうの評判は上々でございます!」


「おっ! そうか!」


 とにかく俺の派閥の人数が増えて金はいくらあっても足りない。

 そこで、塩、酒、米に続いて金平糖も売り出す事にした。

 まあ、金平糖は南蛮渡来とか言ってもうじき日本に入って来る物だから、ちょっと早めに俺が供給しても良いだろう。


「駿河の今川様お抱えの商人に金平糖を卸しましたところ大変評判が良いです!」


「ふんふん」


「堺の商人にも卸しましたので、堺や京都でもじきに広まるかと……既に次の取引の買い手がついております!」


「上々だな!」


 金平糖はネット通販『風林火山』で業務用1kgが1280円だ。

 今回は1kgを駿河屋するがや喜兵衛きへいに預けた。


「それでお預かりした金平糖の代金でございますが……金100両にてお願いいたします」


「……」


 金100両……。

 ネット通販『風林火山』では、金1両で10万円チャージされる。

 金100両という事は、1000万円チャージ!

 1280円の金平糖が1000万円かよ!


 いいのか!?

 ボッタクリ過ぎ!?


 いや、でも……。

 金平糖三粒で城が立つ、なんて事も聞いた事があるし、そもそも戦国時代の金平糖は南蛮人から有力大名への贈答品であって、平民が食べるお菓子ではないんだよな。

 金平糖1kgが金100両でも安い位か?


「あの……若様……金100両ではいけませんか?」


「……く、苦しゅうない。良きに計らえ」


「ははあ!」


 ま、まあ、これで資金難になる事はなさそうだね。

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