第5話 フォールディングナイフを贈る事、ステンレスの如し

 俺は横に控える板垣さんに、落ち着いた口調で指示を出す。


「板垣さん。例の物を出してお三方にお渡ししてください」


「よろしいのですか? あれは帰りに渡すお土産みやげでは?」


「いや。もう先に渡しちゃいましょう。ほら! 小山田虎満おやまだとらみつさんなんて俺が何をするか、何をしでかすか楽しみにしている顔ですよ」


 小山田虎満おやまだとらみつは相変わらずのニヤニヤ顔だ。


「ひゃひゃひゃ! 若様は鋭いのう! 若様の次の一手を楽しみに待っておりますじゃ」


「ほら! お土産をお持ちしちゃって下さい!」


「かしこまりました。では……」


 板垣さんが隣の部屋へ向かった。

 小山田虎満おやまだとらみつが楽しそうに話を続ける。


「だいたい傳役もりやくの言う事なんぞ贔屓ひいきの引き倒しも良いとこですからの。若様の本当の価値は自分の目で確かめませんと」


「ええ。構いませんよ。歴戦の名武将であるお三方に確かめていただけるなら光栄です」


「ひゃひゃひゃ! おだてても何も出ませんわい! おっ……それは……!」


 板垣さんが三方を持って戻って来た。

 板垣さんは三人の前に、一つずつ丁寧に三方を置いた。

 三方の上には真っ白な美しい厚手の和紙が敷いてあり、その上にお土産が載せてある。


 和紙の上に載っているお土産は、中央に金五両、手前にナイフ、右側に目録だ。

 三方、和紙、ナイフはネット通販『風林火山』で購入した。ナイフは折り畳み式のフォールディングナイフだ。


 板垣さんが目録を読み上げる。


甘利虎泰あまりとらやす殿、飯富虎昌おぶとらまさ殿、小山田虎満おやまだとらみつ殿に武田太郎様より土産みやげたまわる。一つ黄金五両! 一つナイフ一振り! 一つ塩十升! 一つ米十俵! 一つ酒十斗! 以上!」


「なに!?」


「ん!?」


「黄金に、塩、米、酒じゃと! それもなんじゃその分量は!? 戦支度か!?」


 ふふふ。三人とも驚いている! 驚いている!

 お土産はね。板垣さんとよく相談して決めた。


 個人への贈り物としては、なかなかのボリュームだ。

 ナイフなんて特徴のある物や黄金なんて即物的なのも混ぜた。

 満足して貰えるはずだ。


 三人ともシゲシゲと三方の上に載っている土産物を眺めている。

 やがて小山田虎満おやまだとらみつが、ひょいと黄金を掴み上げ片手でチャラチャラと遊びだした。 


「ほう! 若様気張きばりましたな!」


 小山田虎満おやまだとらみつは上機嫌になっている。現金なヤツめ!

 飯富虎昌おぶとらまさも雰囲気が大分和らいだ。

 甘利虎泰あまりとらやすも両目を開けて三方をジッと見ている。


「いやいや、去年は不作でしたからな。米はありがたいですし、塩、酒も助かりますな。それに金に小太刀か……。板垣! 気を遣わせてすまんのう! 武田の家に金を使わせてしもうたわい」


 小山田虎満おやまだとらみつは、勘違いをしている。

 この土産を、板垣さんが武田家の金で用意したと思っているのだ。

 小山田虎満おやまだとらみつの言葉を板垣さんが即座に否定する。


「この土産物は太郎様ご自身がお選びになりました。さらに申し上げるならば……」


 板垣さんここでたっぷりと間を置く。


金子きんすお稼ぎになりました」


「なにい!」


「待て! もう一度言わんか!」


「!」


「ですから。この土産を買う為の金子きんすは、太郎様ご自身がお稼ぎになりました」


「板垣! 待たんか! すると何か? この土産は武田家の金ではなく、若様ご自身の持ち金でうたと言うのか?」


「ええ。その通りです。さっきからそう言っているじゃないですか」


「ばかな……」


 場が静まり返った。

 息をする音すら聞こえない様だ。

 さっきまでヘラヘラ笑っていた小山田虎満おやまだとらみつも真顔で黙り込んでいる。


 まあ、それは驚くよね。

 俺みたいに元服げんぷく前の子供が大人並に金を稼いで立派な土産を用意したのだ。


「塩、米、酒は、城下の商家駿河屋しょうかするがやが配達をいたしております。お帰りになる頃にはお屋敷に届いておりましょう」


 小山田虎満おやまだとらみつはむっつりと黙り込んでしまった。

 小山田虎満おやまだとらみつに代わって飯富虎昌おぶとらまさが満面の笑みで話し始めた。


「いやあ。ありがたい! 若様! 本当にこれ貰って良いのかい?」


「ええ。どうぞ。お持ちください。気に入って貰えましたか?」


「そりゃあねえ~。これだけの土産物を渡されちゃあねえ~。いやあ、若様はなかなか豪気だ!」


 飯富虎昌おぶとらまさ……わかりやすいなあ……。

 まあ、効果てきめんって事で、塩を売って稼いだ金が大分減ったけれど投資が無駄にならなかったと喜ぶ事にしよう。


「……若様……ありがとう……助かる」


 しゃべった!

 今まで無言だった甘利虎泰あまりとらやすがしゃべった!


「甘利さんにも喜んでもらえて良かったですよ」


「……この……小太刀……良い!」


 甘利虎泰あまりとらやすが三方に乗ったナイフを手に取り、うっとりとした顔で見ている。

 俺がお土産に用意したナイフはネット通販『風林火山』で買った折り畳み式のナイフだ。

 海外有名メーカー製で刃はステンレス鋼。お値段は通販価格9,800円。


「それは小太刀ではなくナイフという物です」


「ナ……ナイフ……」


「ええ。人を斬るのではなく、包丁の様に魚を捌いたり、木を削ったり、縄を切ったり、作業用の刃物です」


「刃が……きれいだ……」


「刃はステンレス鋼という特殊な鋼を使っています。サビに強いのが特徴です」


「す……凄い……」


「そのナイフはフォールディングナイフと言って折りたためるのですよ」


「えっ?」


「板垣さん」


 俺は話を板垣さんに振った。

 同じナイフを板垣さんにも差し上げてあるのだ。

 板垣さんは頬を片側だけヒクヒクさせて笑いを堪えながら大得意で説明を始めた。


「このフォールディングナイフはですな……ほれ! この様に……。刃を出したり、仕舞ったり出来るのです!」


 懐から折りたたんだナイフを取り出し大得意で刃を出したり、仕舞ったりして見せびらかしている。

 もう、こういう所は大人も子供も変わらないね。


「おおお! 本当だ!」


 甘利虎泰あまりとらやすもフォールディングナイフにハマったか。

 板垣さんと甘利虎泰あまりとらやすの様子を見ていた飯富虎昌おぶとらまさも恐る恐るフォールディングナイフに手を伸ばした。


「やあ。これは……本当に折りたためる!」


 三人笑顔でナイフを折りたたんで、また刃を出して……何をやっているんだよ!

 俺もつられて笑顔になってしまった。

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