第2話 チャージする事、風の如し

 ――翌日。


「太郎様、こちらの商家でございます」


「ここか。割と大きな店だね」


 俺は定期収入を得る方法を一晩考え、塩をネット通販『風林火山』で買って、武田家領内で売る事にした。


 なぜ塩なのか?

 一つには小説やマンガの知識で異世界では塩が高く売れると知っていたから、もう一つの理由は武田信玄の本拠地甲斐国かいのくには、山に囲まれた内陸だから。

 海に面していないから自領内で塩が生産できないし、確か武田家領内では岩塩も出ない。


 なら塩は売れるんじゃないか?


 昨晩ネット通販『風林火山』をチェックしたところ、業務用で25kgの食塩が1,500円で売っていた。

 塩1kgが60円だ。安い!


 そこで早速、板垣さんに領内の有力な商家に案内してもらう事になった。

 躑躅ヶ崎館つつじがさきのやかたに商人を呼びつけると目立つからね。

 これは俺個人のお金を得る為の活動だから、父親の信虎や他の武田家家臣にバレないようにしなくちゃ。


 案内された商家の名前は駿河屋するがや

 駿河は静岡県の事だよね。

 静岡出身の商人なのかな?

 店の中から中年の男が出て来て頭を下げた。


「これは、これは若様! 足をお運びいただきありがとうございます!」


「うむ。今日は色々とあきないの話を聞かせてくれ」


「はは!」


 流石さすが商人だ。腰が低い。

 俺は武田家嫡男ちゃくなんという立場上、子供だけれど尊大な受け答えをしなきゃならない。


 店内の奥にある部屋に通され、白湯はくとうが出された。

 白湯って要はお湯だからなあ。この時代、まだお茶は普及してないのだ。

 この部屋も床は板張りだ。畳も普及してないんだなあ……。


 そう言えば、お茶も畳も『茶の湯』、現代で言うところの『茶道』が広まる事で全国に普及したと聞く。

 茶道が広まってくれないかな。


 商人は喜兵衛きへいと自己紹介した。

 駿河屋は店の名前で、駿河の商人の元で修業し独立後甲斐に来たそうだ。


(鑑定!)


 俺は鑑定スキルを発動させて、駿河屋喜兵衛を鑑定した。



【喜兵衛 一芸:算術】



 へえ、スキルは算術か!

 これはいかにも商人向きのスキルだな。

 計算に間違いがないだろう。


 うん。

 算術持ちの駿河屋喜兵衛は良い取引相手かも知れない。

 早速話してみよう。


「実は俺は小遣いを貰っていないのだ。だが、銭が必要でな」


「は、はあ……」


 あれ?

 駿河屋さんに思い切り目をそらされてしまった。

 なんでだ?


「太郎様!」


 後ろに座っている板垣さんが小声で注意して来た。


「それでは駿河屋にたかっているように聞こえます!」


「ああ、違う! 違う! 駿河屋さんに金を出せと言っているわけじゃないよ! 塩が手に入りそうなので、駿河屋さんに買って貰えないかと思ってさ」


「塩でございますか?」


 駿河屋が顔を上げた。

 塩に興味がありそうだ。


「塩は駿河、今川いまがわ家の領内から仕入れるのか?」


「左様でございます。今川様のご領内から仕入れる事がおおございますね。北条ほうじょう様のご領内から仕入れる事もございます」


 今川家が駿河、現代日本では静岡県を領有している。

 北条家は相模、現代日本では神奈川県を領有している。

 良いな。海! うらやましい!


「今川領内で塩はいくら位なのだ?」


「そうですね。今川様の所で仕入れる際は、塩一升いっしょうが10文と言ったところでしょうか」


 ズバッと価格を聞いてみたら、あっさり教えてくれた。

 しかし、『もん』ねえ……。

 時代劇では聞いた事がある通貨単位だけれど、10文と言われても高いのか安いのかさっぱりわからないな。


「10文ね……人を一日雇うといくらになるのだ?」


「20文が相場でございます」


 人を一人雇うと一日20文が相場……。

 そう考えると……時給1000円として一日働いて8000円。

 20文=8000円


 なら10文=4000円だから、塩一升4000円の価値か。


「その10文で仕入れた塩を甲斐で売ると?」


「えっ!?」


 商人駿河屋喜兵衛の顔に警戒の色が浮かんだ。

 俺はあわてて喜兵衛をなだめる。


「ああ、とがめだてしている訳ではない。今川殿の領地から山を越えて人力で運ぶのだ。夜盗のたぐいに襲われる危険もあるしな。当然運び賃を上乗せしなくてはなるまい」


「まさにその通りでございます! ですので、甲斐で売る時は塩一升100文以上の値を付けねばなりません」


「10文が100文になるのか!?」


 10倍って事は、今川領で4千円だった塩一升が武田領では4万円!


 一升って一升瓶の一升だよな。

 そうすると一升は1.8リットルだから、1.8kgの塩が4万円って事で、えーと……。

 塩1kgがざっくり2万2千円!


 あくまで人件費をベースにして価値を割り出しただけだが、確かに現代日本の感覚だと高いな。


「若様。それでも手前どもは大して儲かりません。海沿いから富士の裾野すそのを通って、長い山道を歩いて塩を運ぶのです。およそ三十と言ったところでしょうか。片道三日から四日かかります」


「ふーむ。苦労して運んでいるのだな。もし、塩が甲斐かいで手に入るとしたらどうだ? いくらで買う?」


「えっ!? 甲斐で塩?」


 駿河屋喜兵衛が驚くのも無理は無い。

 甲斐は山国で岩塩も出ない。塩が手に入る訳がない。

 だけど俺にはネット通販『風林火山』があるからな。


「そうだ。塩がこの店まで届くとしたら、いくらで買う?」


「左様でございますね……。30文……」


「安いな! 継続して塩をこの店に届けられるぞ! 塩の品質も良い。混じり気ナシの塩だ!」


「うーん、それでしたら35文ですな」


 安いなあ……。

 オマエ35文で仕入れた塩を100文で売るんだよな?

 うーん、ちょっと買い叩かれている気がするけれど……。

 まあ、自分で売る訳にはいかないから仕方ないか。

 やってみるか。


「うーん。35文……でも良いが……受け取りは金貨で頼みたいのだが?」


「金でございますか?」


「うむ。銅銭でなく金貨だ。それなら塩一升35文で良い」


 銅銭はダメだ。

 あの銅銭が1文だろう。あれはネット通販『風林火山』では、1枚1円にしかならなかった。銅銭で受け取れば赤字だ。


 塩の価値が4千円だ、4万円だと言っても、あくまで人件費ベースで価値を計算しただけで、ネット通販『風林火山』には関係ない。


 だが、金貨ならどうだろうか?

 金自体の価値があるから、それなりの値段になるのでは?

 金貨なら黒字になる可能性がある。

 だから受け取りは金貨にしたい。


「かしこまりました。金1両が1000文でございますので、1000文分のお取引を頂ければ金1両をお支払いいたします」


「それで良い。すると塩をどれ位持って来れば良い?」


「左様でございますね。一升のたるを28樽お持ちいただければ、金1両をお支払いいたします」


 さすがスキル算術持ちだ。答えが早い。

 話はまとまった。

 買い叩かれた気がしないでもないが……。

 この先の付き合いもあるから、まあ良いや。


「空き樽はないか? 塩を運ぶのに必要なので借り受けたい」


「はい。店の裏にございます」


 店の裏に積まれていた28樽の空き樽を提供して貰った。

 樽をアイテムボックス『上大蔵』に収納していると駿河屋喜兵衛が驚き声を上げた。


「若様は『くら』持ちでございましたか!」


「おっ! 知っているのか?」


「はい。商人は一芸の『算術』か『蔵』を持っている者が多ございます」


「へえ。喜兵衛は?」


 喜兵衛の一芸は鑑定したので知っているが、すっとぼけて聞いてみる。


「わたくしは『算術』持ちでございます。お陰で計算は早くて正確なのですが、『蔵』持ち商人が大変うらやましいです」


「ああ。確かに商品を運ぶのに楽だものな」


「まことにその通りでございます!」


 喜兵衛さんが言うには、いわゆるアイテムボックスに相当するスキル『蔵』にはレベルがあるらしい。


 小蔵:荷車程度から小屋程度の大きさ。人により収納量に幅がある。

 中蔵:酒蔵さかぐら土蔵どぞうの大きさ。建物一つ分の荷物が入る。

 大蔵:蔵数軒分の大きさ。人により幅があるが、とにかく収納量が凄い。


 俺の『上大蔵』は話に出なかった。

 たぶん『大蔵』の上なのだろう。


「それは凄いね。『大蔵』持ちなら、いかにも商人として成功しそうだ」


「体一つで大商いが可能でございます! 各地のご領主様も『蔵』持ちの人材をお抱えですが、『大蔵』持ちなら……」


「高給優遇だな!」


「左様でございますね」


 塩を入れる樽を受け取り、スキル『蔵』に関する情報も貰って引き上げた。

 駿河屋喜兵衛には、俺が『蔵』持ちである事は口止めをしておいた。

 各地の領主も『蔵』持ち人材を抑えているって話だったから、このスキルを俺が持っている事でどんな影響があるのかわからない。

 もっと慎重に行動すれば良かったかな?


 躑躅ヶ崎館つつじがさきのやかたに帰ると部屋に閉じこもりネット通販『風林火山』で早速塩を購入した。

 電卓、ノート、ボールペンも買って、仕入れ価格をメモする。



 ――翌朝。


 駿河屋を訪れて喜兵衛を呼び出す。

 アイテムボックス『上大蔵』から塩の入った樽を取り出し、店の土間に積み上げてみせた。


「これは……間違いなく塩28樽受け取りました! いや、まさかこんなに早くお持ちいただくとは……これはどちらでご手配を?」


 駿河屋喜兵衛は心配そうな顔をしている。

 まあ、そりゃ心配だよね。話をした翌日にこれだけの塩をまだ子供の俺が持ち込んだのだから。


「仕入れは内緒だが、盗品ではないので安心してくれ」


「いえ……そのような……」


「武田家の蔵からちょろまかして来たりしていないよ。バレた時が怖いからな。これは俺の……その……特別な所から入手した塩だ」


「特別な……なるほど! 確かに塩も非常に上質でございます。それではこちらを。お約束の金1両でございます」


 やった! 金貨ゲット!


 ただ、駿河屋喜兵衛が差し出したのは、金貨というよりも金を叩いて平たくした小さな金の板だった。

 一応刻印は入っているので、これが貨幣として流通している金なのだろう。

 いや、本当にこの世界の貨幣の鋳造技術は低いな。

 まあ、それでも金は金だ!


 躑躅ヶ崎館つつじがさきのやかたに戻り部屋に一人籠る。


「ネット通販『風林火山』!」


 ネット通販『風林火山』の画面を表示する。

 画面の右上にコインの投入口がある。ここにさっき受け取った金貨が入るか?


「チャージする事、風の如し……」


 そっと画面に金貨を押し付けてみると……。

 おっ! スルッと入った!


 問題は金額だ。

 不安要素としては……金貨は金貨なのだけれど、鋳造技術が低いから現代人の感覚だと金の板なんだよな。


 粗悪貨幣と判断されたりしないか?

 これで金貨が100円とかだったら、目も当てられない。

 俺はかなりドキドキしている。



 チャリーン!



 お金が入る音がして左上のチャージ金額が増えた!

 画面にメッセージが表示される。



【100,000円チャージしました!】



「10万円チャージ! やった!」


 おっしゃー!

 俺は拳を握りしめて何度もガッツポーズを決めた。

 いやあ、良かった~。かなり不安だった。


 そうだ! 収支計算をしよう!

 電卓で計算してノートに書き込んで行く。



 ・売った物

 塩28樽⇒28升⇒50.4kg


 ・仕入れ

 塩1kgあたり60円×50.4kg

 ⇒3,024円


 ・販売

 金1両⇒10万円


 ・利益

 96,976円



 計算が終わると俺はしばらく呆然ぼうぜんとしてしまった。

 やった事はネット通販『風林火山』で塩を買って、駿河屋喜兵衛から借りて来た樽に移し替えただけ。

 そして俺がアイテムボックス『上大蔵』に収納して店まで運んだから、経費はゼロみたいなもんだ。


 細かく言うなら俺の人件費? 塩詰め替え賃と運び賃?

 いや、一時間もかかってないよ。


「マジかよ! ぼろ儲けだ!」


 コーラ飲み放題!

 ポテチ食べ放題!

 ビバ戦国通販生活!


 気が付くと俺は飛び跳ねながら叫んでいた。


「塩スゲエ! マジソルト! お塩フォー!」

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