第63話 魂の力と想いの力 1


 引っ越しパーティーが終わり、一晩明ける。

なんだか頭が痛い。

それにニコアの様子も変だった。


「アクト様! いい天気ですよ、庭に行きませんか!」


 さっそくリリアが部屋に押しかけてきた。

ま、たまにはリリアに付き合ってやるか。

そして、リリアと庭に出る。


「やぁぁぁ!」

「ほっ! はぁ!」


 リリアの木でできたナイフを避ける。

いい感じで回避できているが、だんだんとリリアの握るナイフが速さを増す。


「ここです!」


 もろに俺の頬を切っていく。

本物だったら大けがだ。


「リリア痛い」

「当たり前です。痛くない訓練がありますか?」


 休みなのに、なぜかリリアと訓練中。


「それでは、次はこれをしましょう」


 リリアに渡された一本の木でできたナイフ。

すでに一本持っているので二本目だ。


「二本?」

「そうです、左右の手で使えば攻撃二倍、受け流しも二倍できます。二本重ねればそれなりの攻撃も受け止めることができます」

「二刀流か、リリアは二刀流なのか?」

「そうですよ、右でも左でも大丈夫です。アクト様、ダンジョンで二本使っていましたよね?」


 そういえば、ニコアに渡されたナイフを使っていた気がする。


「もしかしたらアクト様は二本のナイフがご自身に合っているかもしれません」

「そっか?」

「なんにせよ、右でも左でも使えたほうが有利です! いきますよ!」


 リリアとの訓練は続く。

そして、窓の向こうにはセーラとエレインがお茶をしているのが目に入る。

たまにこっちを見て微笑んでいるので、その時間を楽しんでいるようだ。


「よそ見しない!」


 リリアのナイフが再び俺の頬をかすめる。


「危ないな、当たるところだったじゃないか」

「当てに行っているんです、良くかわしましたね」

「まーな」


 休日だけど、こんな過ごし方も悪くない。

きっと今日はニコアもバイスと休日を楽しんでいるだろう。


「次、いきますよ!」

「よーし、こいっ!」


 休日だけどリリアと特訓する。

休みが明けたらさっそくみんなでダンジョンへ行ってみよう。


――




 その日の夜、孤児院のみんなが眠ったころ、とある部屋で二人の男女が立っている。

部屋に灯りはなく、月明りだけが二人を照らしていた。


「バイス。お姉ちゃんは明日、ここから去るわ。少しの間だけど、みんなと仲良くしていてね」


 うつろな目でバイスは答える。


「ここに戻ってくるの?」


 ニコアは首を横に振る。


「私はもう教会や孤児院で仕事ができないの。ここには戻ってこれないわ」

「どうして?」

「そうね、悪いことをしたから、かな。ごめんね、悪い姉さんで……」

「姉さんは悪くないよ、僕のために一生懸命なんでもしてくれたじゃないか」

「そうね。何でもしてしまったの……。本当にごめんね……」


 頬に流れる涙を拭きながら、ニコアはバイスに近寄り抱きしめる。

もしかしたらこれが最後になるかもしれない。


「元気でね。しっかりと勉強して、司祭様の迷惑にならないようにね」


 バイスはニコアの手を振りほどき、布団の中から一本の剣を取り出す。


「姉さん、僕はね姉さんを守れるんだよ。姉さんが病気を治してくれたから、この剣が僕の力になってくれる……」


 目を見開き、ニコアは数歩後退する。


「バ、バイス。その剣は……」

「この剣? 僕と姉さんの為に現れたんだ。さぁ、姉さん。姉さんに罪を償わせようとしている悪いやつを退治に行こう。僕が倒してあげるよ」

「バイス、何を言っているの? そんな事――」


 バイスの手のひらがニコアに向き、黒い光が放たれる。

その光を見たニコアは、ゆっくりと目を閉じ始めた。


「バ、イス。やめて、それは、間違った、こと。正しい、道を……」


 床に倒れこんだニコアを抱きかかえ、そのままベッドに寝かせる。


「正しい事? そうだよ、僕は正しいことをするんだ。悪い事ではない。姉さんが目覚めたとき、僕たちは幸せになっているよ」


 窓を開き、月を見上げる少年。

月明かりが二人の姉弟を照らす。


「待っていて姉さん。僕が、姉さんを守るから」


 窓から飛び降り、一人の少年が暗い夜道を走り抜ける。

人通りの少ない道。目的地は街のはずれの一軒家。


 月明かりが黒い剣を照らす。

不気味な禍々しいオーラを放ちながら――。


「姉さん、二人で幸せになろう。僕が姉さんの幸せをもう一度取り戻すよ」

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