第6話 冒険の始まりと出会い 6


「なぁ、リリア」

『はい、なんでしょうか?』

「そろそろ帰ろうか。なんだか疲れた」

『そうですね、一度帰りましょう。私のヒビも少し治りましたし。これならしばらく大丈夫だと思いますよ』


 昨夜遅くまで磨いたし、魔石を吸収したから、昨日よりは治っている。


――ウォォォォォン


 ダンジョンの奥から遠吠えが聞こえた。

ウルフの声。なんで? ウルフはもう少し下の階層から出現するんじゃ?


 遠くから走ってくる足音が聞こえてきた。

一人ではない、二人? 三人?

そして、俺の目の前を通り過ぎていく。


「お前、早く逃げろ! 一匹こっちに来るぞ! 早くギルドに報告を!」


 ものすごい速さで走り抜けていった冒険者たち。

もしかして、いまダンジョンにいるのはまずい?


 重い腰を起こし、何とか立ち上がる。

そして、走っていった冒険者の後を追うように俺も走る。


 次第に後方から足音が聞こえてきた。

俺よりもずっと早い足音。

人の足音じゃない、動物の足音。


『アクト様! 後ろ!』


 振り返るとグレーのウルフがこっちに向かって走ってくる。

口の周りは赤く、血の跡が見える。

まずい、この状況。


『アクト様! 早く、もっと早く!』

「む、無理だ! もぅ、これ以上早くはっ――」


 地面の出っ張りに足を引っかけ、地面を転がってしまう。

起き上がると目の前にウルフが一体。


「グルゥゥゥゥ」


 口を半開きにし、俺を狙っている。

もぅ、逃げられそうにない。

リリアを握りしめ、ウルフをにらみつける。


『アクト様……』

「悪いな。せっかく外に出られたのに、ダンジョンに置き去りになってしまいそうだな」


 俺はウルフの目を見ながら爪の攻撃をかわし、飛び掛かってくるウルフをよける。

多少の擦り傷はもらってしまうが、まだ致命傷にはならない。

だが、それも時間の問題だろう。


 やつを見ながら、少しずつ距離が取れればいいのだが……。


『アクト様』

「なんだ? 何か名案でも浮かんだ?」

『魔力を開放します。その隙に逃げてください』


 意味が分からない。魔力の開放?

ウルフの攻撃をかわしながらなんとかリリアの声に耳を貸す。


「解放って?」

『今すべての魔力を開放し、アクト様に付与すれば、アクト様はきっと助かります』

「アクト様は、ってことはリリアはどうなる?」

『……おそらく砕け散ってしまう。それでも、嫌なんです! 目の前で、私を握ったまま死んでいく人を見るのは!』

「リリア……」

『前の人も、その前の人も私を握ったまま死んでいきました。もう、嫌なんです。目の前で、私の目の前で死んでいく姿を最後まで見ているのは。アクト様には、もっと生きてほしいから……』


――


 そう、もう何年も箱の中にいた。

ずっと、もうこのまま箱の中で一生を終えてもいいと思った。


 何人の死を見てきたのだろうか。

何人の苦しい顔を見てきたのだろうか。

何人の、何人の『生きたい』という声を聞いてきたのだろうか。


 私は一本のナイフ。

武器であり、モンスターや人を殺めるために作られた道具。

でも、私はいつからか外を知るようになってしまった。


 暗いダンジョン、明るい空。

人の会話や動植物の声。何年も何年もずっと見てきた。


 しかし、魔力が薄くなっていくにつれ、私はだんだんと使われなくなってきた。

持ち手が魔力を吸収させてくれなくなっていったからだ。


 長い年月、私を手にした何人もの人々。

初めは魔石を吸収させ、一本のナイフとして使われていった。

だが、使い手が変わるたびに使い方も変わり、そして……。


「ヒビか。それに錆びも出てきたな、そろそろ変え時か?」


 そういった人も、最後は私を握って死んでいった。

私はもう使われることはない、このままもう眠ってしまおうか。

人の死を、見るのはもう疲れたよ。


 ずっと眠っていたそんなある日、突然温かい何かを感じた。

ずっと眠っていたのに、あの日は温かさを感じた。

そして、声を聞いた。自然と、声が出ていた……。


 『外に出たい。もう一度名前を呼んでほしい』どうしてそう思ったのか、まだわからない。


 もう一度、もう一度だけ外の世界に出てもいいんじゃないかって思ってしまった。

でも、それが間違いだった。


 また、持ち主を危険な目に合わせてしまった。

今度は私の命に変えても、アクト様を守る!

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