4-7 熱戦、火花を散らす(後)

 了解の声とともにバンの後部扉が開く。姿を現すのはクロームウルフ。戦場へ背中を向けながら車を降りて来る。


「……?」


 その奇妙な光景を見て、マルティコラスが不審もあらわに動きを止めた。


 だがそれも一瞬のこと。


 鋼鉄の狼はなにかの端をくわえて引きずっており、そのなにかに気付いたエミリアが叫びを上げた。


「アム!」


「はい。お望みの品だよー……蹴球キックオフッ!」


 エルフの男の指示を受けた機械の獣が、その強靭な後ろ足で電子人形サイドールの少女の眠る収納ケースを蹴り飛ばす。


「!」


 半人半獣の怪物に疑問を抱く余裕はなかった。戦闘中であることも忘れて獅子の脚が地を駆け、巨人の腕が宙へ伸ばされる。


「おっと残念。束縛の薔薇ローズ・オブ・ロープ!」


 再びバラの蔓が飛んだ。ただし、今度の狙いは空中に投げ出された棺。電子人形サイドールの少女が無骨な電導甲冑の手の平に収まる寸前に絡め取って引き戻す。眼前で目標を失った形のマルティコラスは、腕を掲げたまま前傾姿勢となった。


(今っ!)


 アリスは腰のナイフを引き抜き、電導甲冑の側面へと回り込んだ。短い刃をわずかに開いた装甲の隙間へと投げつけ、命じる。


散火スパーク!」


 突き刺さった刃先が火花を放ち高熱を発する。溶けだした表面からは白煙が上がった。


「!!!!!!」


 異形の怪物が悲鳴を上げた。これ以上は搭乗者が危険と判断したのだろう。マルティコラスが胸を開き、エミリアを強制的に脱出させる。


「ぐっ」


 路面に放り出された金髪の電子人形サイドールが苦悶のうめきを上げた。だがここまでの経過を考えれば、不用意に近づくわけにいかない。アリスはまず先に、落ちたナイフを拾い上げる。


「やはり道具にこだわって損はないね。無料でダウンロードできるような電装武器じゃこうはいかない」


 彼女の持つそれは、ただのナイフではなくれっきとした電導具だ。ただし、電理機が発明される以前、電導士が電子の魔術士サイバーウィザードではなく電気の魔術士エレキウィザードであった頃の。


 使用できる電導法は『散火スパーク』ただ一つ。


 鋼鉄をも溶かす高温の火花は強力だが、電理機が組まれた現在の電導具に比べれば汎用性ははるかに劣る。音声認識機能も備わっておらず、電導法の発動には直接スイッチを入れるか、ウェアコンから特定の電波を与える必要があった。


 その一方、最初から実体として存在するために、必要に応じてランディングするのが基本の電装より起動が速く警戒もされにくい。相手の油断を誘いやすいこの特性は、小柄なアリスにとって重宝した。


「さて、幕引きの時間だ。お人形さん」


「……っ!」


 膝をついた電子人形サイドールにナイフを突きつける。彼女の端麗な顔立ちがゆがむ。それは未来が閉ざされることへの絶望か、と思ったが違った。


 その両目は、怒りに燃えている。


(まだ諦めていないってわけかい)


 昨日の戦闘を思い出したアリスは、これ以上相手を刺激しないよう慎重に降伏を勧めた。


「大人しく拘束されてくれんかね? もうこれ以上、手荒なまねはしたくないんだ」


「断る」


「……そうかい」


 予想通りの返答だ。とはいえ、自分一人で身柄を確保しようとすればどんな反撃がくるか。アリスは視線だけを動かして相方を呼んだ。


「お。じゃ、僕の出番だねー」


 ボビィは囮に使った電子人形サイドールの再収容を終えると、ロープタイプの拘束具を取り出した。身体の自由を奪うべく、エミリアにゆっくりと近づいていく。


輝光弾テジャスパレット!」


 不意に、どこからか光の塊が突進してきた。稲妻のごとき勢いで空を裂き、アリスの手に握られたナイフを弾く。妨害は一度で終わらず、輝く弾丸が続けざまに閃く。


「クソッ誰だ……あいつは!?」


「うっそ! なんでここに!?」


 毒づきながら光りの軌跡を目でたどると、見覚えのある電導二輪がいた。

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