4-2 狩人の信念

「……なるほど」


 一連の話を聞き終えると、ウィーニアは静かに息を吐いた。


「まあ弁護士ではないから断言はしかねるが、緊急避難の範疇だな。電導具らしき大鎌といい、忽然と姿を消したことといい、映像だけでも相手の異常性は明らかだ。その、アムという電子人形サイドールを助けるために取った君の行動が、電導士法違反に問われる可能性は低いだろう」


 そう言いつつ、師は咎めるような口調で続ける。


「だが、少しぐらいは相談してもらいたかったな」


「うう。すみません」


「それで、この家を襲った連中の方だが……」


「はい」


「町中で械物メカニスタをけしかけたりサーバーをクラッシュさせたり、電子人形サイドールの回収にしてはやり方が乱暴に過ぎる。よほど急いでいたのか単に気にしていなかったのか……」


 そう言いながら考え込むウィーニア。だが、なにかを判断するには情報が少なすぎるのだろう。すぐに首を振った彼女は、身を固くしているコーヤに向き直る。


「どちらにせよ、その電子人形サイドールがあまり人目にさらしたくない類の研究結果なのは間違いない。本人からは何か聞いていないのかい?」


「いや、自分の素姓をばらすような真似はしてなかったと思うけど……」


「そう言えば、アムさんは自分の所属するプロジェクトをアーティマン計画と……」


「アーティマン計画だとっ!」


 パティの補足が終わらぬうちに、ウィーニアが叫んだ。そのままうめくように呟く。


「馬鹿なっ……! では監視カメラのあれは死神か!」


「師匠?」


「なるほど。それなら無理矢理にでも回収に走るだろうさ。海の上で秘密の実験を繰り返すうちに一線を越えてしまい、訪れた混乱で制御を離れた械物メカニスタがイリーガルともども外へ漏れたわけだ」


「イリーガル!? それって――」


 あの電子仕掛けの少女が本来あってはならない、違法な存在ということだ。


「そんな……」


 思わぬ展開に動揺するコーヤ。


 だが、師はそんな弟子の様子に構うことなく続けた。


「彼女――アムの型式は?」


「え? えっと、たしか……」


「AMθ・ver3.2搭載インストール‐ヒュームス型電子人形サイドールAH2.1、です」


 言葉に詰まる主に代わりパティが答える。


 ウィーニアの表情は、いよいよ険しくなった。


Artificial Mind人工精神を搭載した電子人形サイドールArtificial Human人工人類か。どうやら間違いないようだ」


「人工人類?」


「そう。人の手で造られたヒト――自我を持つ人形だ。その人格はパティのようなプログラムで演出される疑似人格と違って、自分自身に宿る真の己を反映している」


「はあ」


 そう言われても、説明が抽象的で分かりづらい。アムをアム足らしめている人格は、通常の人工知性とは異なる方式で生み出されている、ということだろうか。


「――君は事態の深刻さを分かっていない」


 コーヤのあいまいな返事をどうとったのか、ウィーニアは保護者や教師とは違う、これまでに見せたことのない目になった。かつてないほど厳しいまなざしで諭し始める。


「いいかい。人格を電理機で生み出すことは、人の精神を――心をプログラミングするということ。逆に言うと、だ。私や君の心もプログラムとして扱える、ということだ」


「理屈だとそうかもしれないけど……。心がプログラムだとしたら、アムの自我が疑似人格かどうかなんて判断できないんじゃ」


「まさに。これは科学や技術ではなく、もはや哲学の問題だよ。アーティマンというのも、真なる我アートマンと引っ掛けた名称なんだろうが……その辺はどうでもいい。問題なのは――」


 不意に言葉が途切れる。


 彼女は一度目を閉じ天井を仰ぐと、気を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐いた。


「今の話は忘れてくれ。その子が何者か、というのはこの際重要じゃない」


「(こくり)」


 もとより、電子の妖精をお供に育ったコーヤにとって、相手がヒトか否かはそれほど気になる問題ではない。素直に同意を示すと、ウィーニアは再び襲撃者について触れた。


「襲撃者たちは本気だ。ことはその娘を助けるだけでは終わらない。人工人類の脱走を手助けしている者がいると知れば、必ず関係者全員の口を封じにかかるだろう。たとえどれだけ犠牲者が出ることになってもな。そして彼らを退けたとしても、必ず次が来る」


「次?」


「言っただろう。イリーガルだと。その研究所とやらは禁止されている研究、人が触れてはならない禁断の領域に手を出してしまった。文明の存続にもかかわる領域に」


「……」


 実感も想像もできない規模にまで話が広がり、コーヤは言葉を失った。だが、そんな少年の戸惑いに構うことなく師は続ける。


「この世界の、現代文明の守護者は決してその存在を許さない。――一人を助けるためにセカイの全てを敵に回す。その覚悟が、君にあるのか」


「……ある!」


 少年は即答した。


「俺はもう、家族がバラバラになるのを見たくない。そのために狩人になったんだ」


 正論を言えば、人工知性の関係に家族を持ち込むのはナンセンスだろう。だが、電子仕掛けの妖精を相棒とするコーヤにとって違和感はないし、アムが姉を慕う態度もヒトのそれと区別がつかなかった。


 ならばそれで十分。


「文明の守護者だか何だか知らないけど、家族を引き裂く奴は許せない。たとえどんな理由があったとしても、大切な存在ひとを一方的に奪うなんて械物メカニスタと変わらないじゃないか。そんな奴は俺がぶっ飛ばしてやる!」


「……そう言えば君は昔、丸腰でご両親の仇を討とうとしたな」


 迷いなく応じたコーヤに、ウィーニアは深く息を吐きながら目を閉じた。次いで視線を転じ、彼の相棒へと目を向ける。非常時に主を止める権限を持つ電子妖精の答えは――。


「『もしも対立することがあったなら、必ずマスターあのこの側にいてやるように』そうパティを設計したのはあなたですよ、グランドマスターおかあさん


「……一人前の口を利くようになったものだ」


 どちらのことを言ったのか。少しだけ、ほんの少しだけ師の表情がほころんだ。


 だがそれも一瞬のことで、その整った顔立ちに壮絶な笑みが浮かぶ。


「表に出るといい。エルフの私がどやって鬼人や竜人の暴れる戦場で軍功を挙げたのか。その身にたっぷり教えてやろう」

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