3-6 芽生えた疑問
情報が第五元素である電素からなることが判明し、電理機を通してデータを実物に変換できるようになった現代でも工作機器は現役だ。
理由は単純。元素を変換するにもコストがかかるから。
使用状況が限られる電装ならば半実体で事足りる――ただし、電導具との接続が切れると消えてしまう――が、日常的に利用する品になるとそうはいかない。だが構造や組成が複雑な、つまりは情報量が多い物を実体化しようとすれば、消費する電力も膨大になる。それならいっそ、実際の原料から直接加工した方が安くつくというものだ。電導文明が一度、際限なく増大する電力消費をまかなえず破綻したことを考えればなおさらに。
加えて、特殊な素材や独自開発された部品はメーカー側が詳しい情報を開示せず、実体のある形で販売されていることも少なくない。電相空間を介した売買ではあっても、取引きされるのは情報ではなく現物なのだ。こうした『ユーザーがデータだけを買って実物をランディングすることはできない』ケースは割と多い。このため修理にせよ改造にせよ、機械を扱うなら実際の作業は外せない。
それは現代の魔法使いである電導士といえども例外ではない。
コーヤも電導二輪の整備は、自宅の車庫兼工房で行っていた。エンジン部に手を入れ、拡張された視界に映る説明書を見ながら工具を操る。
「この配線がこうで……」
「……」
「しまった、アダプターがいるか。今から買いに……いや、どっかで見たぞ?」
「……」
先ほどから
「見てて面白いか?」
「はい」
「そんなものかな」
「はい」
「……」
「……」
「……う~ん」
「?」
どうにも会話をつなげられずに口籠っていると、アムは首を傾げた。どうして作業を中断しているのか気になるが、それを問うと邪魔になってしまうから意思表示にとどめた。そんな動き。
「あー、じっと見られてるってのも落ち着かないから……、何か話さないか?」
「お話、ですか?」
「そう。今日一日で色々あったから話題には困らないだろ。なんだったら質問でもいいぞ」
「作業の邪魔になりませんか?」
「ならないならない。手間はかかるけどそんな難しいもんじゃないし、手と口は別々に動かせる。まあ、顔も向けながらってのはさすがに無理だけど」
「はい。分かりました」
また静かに頷く電子仕掛けの少女。だが少年には、彼女の瞳の奥で火が灯ったように感じられた。
そしてその直感は、間違っていなかった。
「ヒトは家族で暮らすそうですが、コーヤさんは違うのですか?」
「狩人とはどういうお仕事なのですか?」
「
「パティさんも私と同じ人工知性なのに、自己主張が強いのは何か理由が?」
怒濤の勢いで質問が押し寄せてきた。サークルで検索すればある程度の知識は得られるはずだが、それだけでは足りないとばかりに次から次へと疑問を口にする。気がつけばバッテリーの取り付けも動作確認も終え、工具箱や作業台を椅子に二人話し込んでいた。
「……だから、人に仕えるのが仕事の
「法的に、ですか?」
「そう。たとえば……主が不法行為を働いたとき、普通の
「ふわぁ。すごいんですね、パティさん」
小一時間ほど付き合って、コーヤは一つ確信した。
アムは結構な話好きだ。
出会った当初の訥々とした喋り方からすると、意外なぐらい声に感情がこもっている。もし彼女がヒトなら、これはこちらに気を許してくれている現れだと解釈できた。けれども、開発途上の人工知性が相手との関係に応じて、喋り方まで変更する必要性は低いようにも思える。
(いや。元々はこういう性格設定だったけど、
未完成の人工知性に不用意な情報を与えた結果、適切な処理に失敗して思わぬ不具合が生じる可能性は十分にある。いまさらに、コーヤが自分のしていることの重大性を認識していると、アムがポツリと言った。
「私はどうして生み出されたのでしょう」
「どうして……、ていうか、どっちのこと? 君の人格本人? それとも
さっそく影響が出たかとコーヤは焦った。自分自身に疑問を持つなど、まるで人だ。おおよそ目的があって開発される機械の言葉ではない。ここは慎重になるべきだと判断し、言葉の正確な意味を確かめる。
果たして、彼女の答えは――。
「この身体、ヒュームス型電子人形AH2.1です。
「そう、なんだ」
「はい。私はなんのために、なにを期待されて開発されているのでしょう」
「う~ん……」
これまた人のような問い掛けだ。だが一方で、目的が不明瞭な計画に対して疑問を抱くのは合理的な人工知性らしいともいえる。
どうにも判断に困り、コーヤはこっそりウェアコンの直接通信機能を作動させた。相棒の意見も聞いてみようと、電子の海を巡る情報の循環流に心の声を乗せる。
[なあパティ]
[なんですかマスター。急に内緒話なんて感じ悪いですよ?]
[ぐっ]
昼間の仕返しとばかりに飛んできた棘のある言葉。意表をつかれたコーヤが二の句を継げずにいると、電相空間の向こうで妖精が笑う気配がした。
[冗談ですって。それで一体、なんのご用でしょう? またバイクいじりにはまって、ご飯をそっちで済ませたくなったとか]
[違うって]
確かに、そういうこともよくあるが。
[アムの開発目的って、何か分かるか? どうも本人も知らないみたいなんだが]
[え! そうなんですか!?]
コーヤの言葉にパティがひどく驚いた。だが、そこは日々の生活をサポートする
[形式名に
[なんか役割がプログラムされていないって言ってたぞ]
[人とのコミュニケーションには決まった対応よりも、柔軟な受け答えが求められますから。その関係じゃないですか]
[と、いうと?]
[人工知性にあえて必要なことを教えず、自ら学習する過程で成功と失敗を繰り返させて喜怒哀楽の感情も同時に成長させる。そうした開発手法もあるってことです]
[なるほど]
[でも……]
[ど、どうした?]
納得しかけたところに意味深長な呟きをされ、どきりとする。やはり不必要に色々と教えるのはまずかったのかと、コーヤの背中に冷たい汗が流れ落ちた。
[いえ。大したことじゃないんですけど……]
[この際だ。教えてくれ]
[はい。アムさんに……ええと、
[そう、か]
相棒の口から出たのが懸念ではないことに、コーヤは心の底からほっとした。同時に、パティのさっきの驚きはそれかと気付いて同意する。
[確かに。会話ができるんなら、開発する側とされる側で目標を共有しておいた方が何かと便利だよな。身体本体をモニタリングするにしても数値じゃ限度があるだろうし]
[その通りです。ご本人に見当が付いていないというのは、どうも]
[うーん]
二人して首をひねるが、もちろん答えは出なかった。
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