2-6 これまでとこれから ~少女の場合~

「お姉さんを探すっていうのなら、やっぱり失せ物よりも人探しね。どれがいいかしら? 星占、八卦、鏡占……」


(な、なんだったんだ……?)


 疑問に思ううちにも、細い指がカード型端末の表面を何度も弾く。そのたびに、星、棒、鏡、など、様々なアイテムを簡略化したイラストが空中へ投影される。それぞれが各種の占いアプリケーションを示すアイコンだ。その中の一つに、コーヤの見覚えがあるものがあった。


「あれ? これって確か……」


 数字の入った絵札。見覚えのある図像だ。と言うより、数年前に自分が作成したソフトで、付記されているタイトルも……。


『コーヤ・タロット』


「……ずいぶん大事に扱ってくれてるんだな」


「当然でしょう。誕生日プレゼントに初めてあなた……友達が贈ってくれたものですもの。しばらく遊べなくて悪かった、とか言って」


「そうだったな」


 幼馴染の言葉に触発され、夕暮れ時のような淡い彩りに染まった記憶が蘇る。


 コーヤは一時期、電導士になろうと一心不乱に勉強し、周囲との関係を断ったことがあったのだ。無論、そんな無理を教師でもある保護者が許すはずもなく、人とのつながりや絆の大切さについてたっぷり説教された。そして反省したコーヤは、疎遠になってしまった幼馴染との仲を取り戻そうと、彼女の誕生日にプレゼントを贈ることにしたのだ。勉強で得た電導法の知識を生かした、情報解析と未来予測を組み合わせた占い用プログラムを。


 もっとも、タイトルは占いソフトとしか付けていなかったはずだが。


「今から考えると、もうちょっとよく考えるべきだったと思うよ。東洋情緒あふれた家の娘にタロットなんてな」


「マスター……。むしろ女の子へのプレゼントに、計算プログラムを選んだことを反省してください」


「駄目なのですか?」


「もちろん、相手と場合によりますよ。まあリーシンさんにとっては、マスターが来てくれたことが何よりのプレゼントかもしれませんけど」


「そこ。うるさい」


 リーシンは一喝すると、それから照れくさそうにしながらコーヤの疑問に答えた。


「別に気にすることないわ。世界がグローバル化して何世紀たったと思ってるの。形式にこだわる必要なんてない。重要なのはハード見かけじゃなくてソフト中身よ」


 そう言って占いアプリを起動させ、空中に十数枚のカードを展開する。これらは画像を構成する電素に質感の情報を加えた半実体映像だ。透き通ったイラストが神秘性のある雰囲気を醸し出している。そのうちの適当な一枚をつつきながら、彼女は恥ずかしそうに付け加えた。


「それに、私はこれが気に入ってるの。その……絵が綺麗だし?」


「では、それでお願いします」


「え? いいの?」


「わたしは占いのことはよく分かりませんから。リーシンさんがやりやすい方法でどうぞ」


 依頼人の指名ならば否やはない。リーシンは携帯端末を手にして半実体のカードを全て重ね合わせた。それからしばらく、二三枚を抜いては重ね抜いては重ねを繰り返す。


「……」


 極めて簡潔にまとめた言い方をすると、『占いとはカオス現象を逆に解く技法』である。


 蝶の羽ばたきがいずれ嵐を呼ぶように、小さな現象は大きな現象につながる。これを逆に辿ってみると、未来に起こる出来事は過去のわずかな兆しに現れていたことになる。つまり、カードや石、棒といった何の変哲のない物の動きにも、これから生じる事象が隠れている。占いに携わる者は、その手の中で森羅万象を再現しているのだ。


 今、彼女は世界を動かしている。


 シャッフルされるカード達は循環するかのごとく円を描いていたが、それも長い時間のことではない。再び束ねられたタロットの、上から三枚が順に卓に並べられる。もちろんカードは裏向きで、まだ誰にも結果は分からない。


 果たして、黒猫の占い師が導く未来は――。


「運命の輪」


 めくられた最初の一枚は、回転する車輪が描かれていた。興味深そうな一同の視線を受けて、解説が始まる。


「このカードが意味するのは、思いがけない出来事、あるいは事態の急変。そして最初に引いた一枚は過去を示すの。最近あなたの身の回りで、何か大きな変化はなかったかしら?」


 後半は質問に変わった。アムがこくりと頷く。


「はい、ありました。昨日初めて研究室の外へ出て、コーヤさんとパティさんと出会ったんです」


「……そうだったわね」


 黒猫少女の肩が少し落ちた。尻尾の先もしおれたように垂れる。しかし電子人形サイドールの少女は気付かず、素直に感嘆の声を上げる。


「すごいですリーシンさん。今日初めて会ったのに分かるんですね。これが占いですか!」


「いえ。そんな感心されても」


 対照的にリーシンは渋い顔をした。つい先ほど、彼女の事情を聞いたばかりなのだ。普通なら、『相手の話に合わせたカードをこっそり選んで出した』と疑われても仕方がない。幼馴染の心情を察したコーヤは、笑いを噛みしめながら助け船を出した。


「ほら。さっさと次引けば? 一枚目は過去ってことは、アムがどうして今の状況に置かれたのかの確認だろ。当たったんだから、これ以上こだわっても意味ないぜ」


「分かってるわよ、もう。……次は現在」


 頬を膨らませながらの二枚目。次のカードは、ライオンを手懐ける女性だ。


「力、ね。逆境への挑戦、あるいは困難な試練」


 イラストは一見すると、女性とライオンが戯れるようにも感じられる和やかな構図。だが現実的に考えると、確かに挑戦や試練の類だ。今度はパティが感心の声を上げた。


「一枚目に続いて、アムさんの現状を的確に表していますね。お姉さんの手がかりも、まだこれといってありませんし」


「はい。そうですね」


 興味深そうにタロットのイラストへ見入るアム。占いの不思議さを感じているのだろう。だが、コーヤとしては別の感想があった。


「これ、占う意味あるのか? 本当にただ現状を再確認してるだけのような」


「なによ。あなたがくれたカードじゃない」


「え? 俺が組んだプログラムそのまま使ってるのか!?」


「それは……多少手は加えてあるけど。でも基本は変わらないわよ」


(あ……。ちょっとミスったか?)


 徐々にだが、幼馴染の口調に拗ねた気配がにじんできていた。彼女の機嫌を損ねたかもしれない。そうと気付いたコーヤが焦りを覚えていると、パティが場をとりなしてくれた。


「まあまあ。大事なのは未来ですよ。マスターもこの先の指針を得たくて、リーシンさんを頼ることにしたんです」


「そ、そうだ。そのとおりだ。その辺の占い系サイトや情報掲示板なんかよりも、お前の方がよっぽど頼りになるもんな」


 相棒のフォローに乗る形で本音を告げる。すると、黒い三角の耳が小刻みに動いた。


「そ、そこまで言うなら仕方ないわね。ちゃんと最後まで占ってあげる」


「お、おお。ありがと」


「まったく。調子いんだから」


 小さく愚痴をこぼしながらも、リーシンは最後のカードをめくってくれる。


「これがあなたに訪れる未来よ」


「……きれいです」


 アムがただ一言、ポツリと言った。コーヤにもその気持ちが分かる。


 カードの四隅それぞれに配された火水風土の四大元素と、中央に飾られた花輪。その楕円形に束ねられた茎を額縁に、花びらが舞う空を背景に、若木の生えた大地と穏やかな海。


 電子の光だけでは決して表現できない、明るく華やかな景色。


「これは――」


 彼女に占いソフトを贈ったのは何年も前で、もう個々のカードの名称や意味はほとんど忘れた。だが、この喜びにあふれた光景だけはコーヤも覚えている。


「世界」


「正解」


 リーシンが小さく微笑んだ。さらには尻尾の先を回したりして、どことなく嬉しそう。


 そんな二人の様子を見て、コーヤにもタロットの知識があると思ったらしいアムが質問してくる。


「このカードはなにを意味するんでしょう?」


「完全と完成……。それに至上の喜びとか、最高の状態っていう意味もあったっけ?」


「あらそこまで覚えてたの? このタロットのことは、もらってから一度も話題にしないから、てっきり忘れたんじゃないかって思ってた」


「初めて独りで組んだプログラムだから、出来を聞くのが怖かったんだ……。って、笑うなよ。まだほんとにガキだったんだし」


「はいはい」


 少年の抗議は軽くあしらわれた。占い少女は、何事もなかったように続ける。


「それじゃ、解説行くわよ。コーヤも彼女に協力するんなら、ちゃんと聞いてなさいよ」


「おう」


 リーシンの宣言に、再び一同がカードに注目する。なかでも、占いの対象であるアムは神妙な顔をしていた。


「お願いします」


「ええ。――世界の名が示す通り、これはこの世の全てを暗示するカードよ。角に描かれた四大元素はその象徴……と言っても、電素が欠けているんだけど。そこは勘弁して。占いの基礎を築いた古の魔術士たちは、五番目の元素があるなんて知らなかったから」


「はい」


「で、この楕円の花輪は祝福の冠であると同時に、卵であり種なの。そして母なる海の見守る中、大地から芽を出し高く伸びようとする一本の木。これは未来への希望と発展を表すわ。このまま成長すればいずれは大樹となって空へと至り、その先に生い茂る枝葉が殻を破ることでしょう」


「?」


「素直に解釈するなら、新しい世界があなたを待ってるってことかしら」


「……そうなのですか?」


 アムがおそるおそると言った感じで聞き返す。どうやら半信半疑のようだ。そこでコーヤは、励ますように言った。


「占術師の資格こそまだ持ってないけど、リーシンの腕は確かだよ。だからきっと、願いは叶うよ」


「そうですよ。ここの占いは当たるって、町でも評判なんですから。お姉さんはきっと見つかります。だからそんな不安そうな顔、しないでください」


「――はい!」


 近しい存在であるパティからも諭され、ようやく電子仕掛けの少女は安堵の表情を浮かべた。その様子に満足を覚えたリーシンは、次の客に目を向ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る