2-4 幼なじみの占い師
「……スター。マスター」
「うお!?」
「ど、どうしたんですかマスター? そんなにびっくりして」
「あぁ悪い。ちょっと考えごとしてた」
「もう。しっかりして下さい。アムさんのお姉さんを探そうっていうのに、ぼうっとしてたら見つかりませんよ?」
「おう」
校門前で合流した後、コーヤは家とは違う方角へ向け電導二輪を走らせていた。昨夜、アムの今後を話した結果、彼女の姉妹探しを手伝うことになったのだ。
本来なら、所有者のいる
しかし、仲間の無事を心配して外に出るほど高度に感情豊かな彼女を、コーヤはモノとして扱うことはできなかった。そこでパティとも相談し、『一日だけ件の姉の行方を追う』『見つかればよし、見つからなくてもアムは研究所に帰す』『あとは当事者に任せる』流れとなった。
「それで、何か手掛かりはあった? 通信とか信号とか」
シートの後ろに乗せたアムに話しかけると、やや落ち込んだ声が返ってきた。
「いえ。姉さんとのリンクは切れたままで、一切の交信ができません。それどころか、研究所の方も沈黙したままです」
「結構大ごとになってんだな」
その割にニュースの一つも流れないのは不思議だったが、開発途上のオートンは最先端技術の塊だ。情報管理が徹底されているのだろう。
実質ノーヒントでの捜索だ。
だが、それでもやりようはある。
「サークルで情報拾えないのはきついなあ。下手に聞いて回るわけにもいかないし」
「そうなのですか?」
「マスターは学生ですが、電導士免許を持った狩人として活動する社会人でもありますからね。よそ様が隠したいであろう事情を無闇に広めると、信用に関わるんです」
「なるほど」
三人で雑談めいた会話をしていると、電導二輪は昔ながらの家々が建ち並ぶ住宅街にたどり着く。褐色や茶色といった、落ち着いた色合いが広がる古き良き町。
その中に一軒だけ、白壁に青い瓦屋根の屋敷があった。曲線を多用した建築様式も相まって、本来ならば場違いと言うべき建物だ。
しかし。
緑豊かな前庭に花を咲かせた生け垣。
レリーフを施した石塀の絶妙な配置。
渾然一体となったそれらが、館と周囲の景観をみごとに調和させていた。
「ここだよ。俺の友達の家がやっているお店」
さながら公園に湧き上がる噴水のように佇むその建物の前で、コーヤは電導二輪を停めた。視線を上に向けて、入口に掲げてあるプレートを示す。
『占い館 算命堂』
「うらない……?」
それがコーヤの選んだ方法だ。かつては神頼みに近かった技法だが、科学の発達に伴って基本的な原理はおおむね解明されている。
「情報の根元要素である電素を操作し、未知の情報を取り出す技術のことです。電導法による未来予測の一種です」
「電素から知りたいことを教えてもらうのですか?」
「そうです」
「ここの主人の占いは、予測を超えた予知の域に達するって言われてる。……ま、そのレベルになると、依頼料も一般人が払える額じゃないんだけど」
パティと二人で説明しながら、コーヤは玄関口に立った。黒塗りの扉が歓迎するように滑らかに開き、軒先に吊るされた鈴が揺れる。細いガラスの管が触れ合い、澄んだ音を立てて客の来訪を告げた。
「ごめんくださーい。チャンウェイさん、リーシンいますか?」
「いらっしゃいませ。コーヤさん。パティさんも」
「こんにちはです」
落ち着いた雰囲気の館内に客らしい客の姿はなかった。だが一人だけ、優美な笑みで迎えてくれた女性がいた。彼女は受付兼案内役のオートンで、アムと同じくヒュームス型
もっとも、ヒトならば夏の熱気にやられそうな装いだが。
彼女はコーヤの砕けた口調の呼びかけにも丁寧に応じた。
「お嬢様なら部屋にいますが……。今日はお客様ですか?」
そう言ってアムの方を見る。きっと、彼女へ占いの紹介に来たと推測したのだろう。
「ああ。ちょっと視てもらいたいことがあって」
「それでしたら、旦那様か奥様の方が――」
「や。俺そんな金持ちじゃないから」
「あらあら」
ふわりと笑う人工知性の女性。同じヒュームス型でもアムと随分印象が違う。
コーヤがそんなことを思っているうちにも、彼女は本題に入った。
「たった今、お嬢さまにメッセージを送りました。じきにこちらへ――?」
耳に届く言葉の途中で、ぱたぱたと駆けてくる足音が聞こえた。その場にいる全員が奥の扉に注目する。だが、皆の視線が集まると同時に、ぴたりと音が止んだ。そしてほんの少し間を置いて、気取った顔をした少女が姿を見せる。
彼女も東洋風の服を着ているが、こちらは袖のないワンピースタイプで涼しげな印象だ。
しかしそれ以上に目を引くのは、頭の上で動く黒い猫の耳と、背中で揺れる愛らしい尻尾だった。
「まったく。この日差しきつい中、わざわざやってくるなんてコーヤも物好きよね。でも、私に泣きつくのはまだ早いんじゃない?」
わざとらしくきつい口調でしゃべる彼女は猫人フェーレスの少女、リーシン。
コーヤと同じクラスで学ぶ友人だ。
「いや、別に今日は夏休みの宿題を片付けに来たんじゃないんだ」
「あら、今日はお客? また狩りの……」
そこまで言ったところで、黒猫少女の動きが固まった。表情はもちろん目も動かさず、その視線をコーヤの隣に立つアムに突き刺している。明らかにアムを意識しつつ、コーヤに向かって胡乱気に言い放つ。
「なに? 恋占いがお望みなわけ? なら、幼馴染みのよしみで割高にしてあげる」
「なんでだよ」
「男が女の子連れて占い師を訪ねるなら、お目当ては一つでしょ」
「いやそっちじゃなくて。何で幼馴染みなら割高になるのかと」
「……やっぱり恋占いに来たんだ」
「いやいやいや。そっちも違う!」
言い争いにもならない言い合いをしていると、アムがポツリと言った。
「仲が良いんですね」
「そうですね。お二人の付き合いも長いですから」
今のやりとりから、どうしてそんな結論が出るのだろう。コーヤがそう疑問に思った瞬間だった。
「ええそうよ。私達、付き合ってるの」
リーシンが隣へ飛びつくようにやってきて、少年の腕をきつく抱え込んだ。
「お、おい……!?」
「リ、リーシンさん!? パティは、そういう意味で言ったんじゃ……」
「どう、うらやましい?」
突然の行動に困惑する主従には構わず、彼女はただ初対面の相手へ挑むような視線を向ける。
かたや、二人の親密さをアピールされたアムの反応は――。
「はい。とてもうらやましいです」
「あ、あら?」
素直に肯定されて、リーシンの肩から緊張が抜けた。同時に、頭の三角の耳が力なく倒れ伏す。
「そう……」
「お嬢さまの負けですね」
「……なによ」
家族のような
(先に用件だけ知らせとけばよかったか?)
拗ねたような彼女の横顔に、コーヤはふとそんなことを思った。
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