小幕間.途絶える痕跡
喰いちぎった肉を洗い、事前に渡されていた容器へと移す。
──どうして俺はアイツの肉を喰い千切った?
自らの
依頼内容を達成するのであればアイツの血を抜くだけでも良かった。なのにどうして俺は首筋に噛み付いて、その肉を喰おうとしたのだ。
「……クソッタレ、なんだってんだよ」
何度口をすすいでも消えない味、それはアイツの血と肉の味。
……多少の
生きた
──……口をすすぐのもこれで何度目だ?
アイツの血と肉の味が口の中から消えない、そして恐ろしい事にもっと味わいたいと思う気持ちすらある。だが、両手を縛られ吊るされているだけのアイツがなにか酷くおぞましい化物のように感じているのも確かだ。
あれを口にすれば身を滅ぼす事になると、理性では理解しているが本能は破滅へと走ろうとしている。自滅すら
──美味そう。だけど、こわい。食べちゃいけないのに、もっと、タベ、タイ──
「──随分と酷いことをするなぁ、黒髪の旦那」
「……オマエ、ハ」
イカれた思考に飲み込まれつつあった俺を正気に戻したのは、この場にそぐわない軽快な口調。緊張感などまるでない、気の抜けた声の主は本件の依頼人だった。
彼は初めて会った時と同じように、デフォルメされた
「これじゃせっかくの美人が台無しじゃないの、可哀想に。
痛かったろう、紫蘭」
「……旦那よぉ、こいつの血肉は旨かったか?」
黒髪に背を向けたまま獣面が問う。その声に先程のような
「S5レ、H1……A,aaa……?」
黒髪の口から紡がれたのは
黒髪が戸惑いながら、自身の両腕を見比べる。そこにあったのは見慣れた腕ではなく、腕のような
「──Ua,g1……ooo,ooooooooaaaaa!!」
最早亜人種の
「──たったあれっぽっちを口に含んだだけでここまで崩れるかよ、おっかねぇな」
獣面の男は
「加えて知能も低下せり、と──!」
しかし同じ手が通用する筈もなく、突き出された触手は同じ末路を辿る事となった。両腕を喪失した怪物が困惑した一瞬の隙に、瞬間移動を疑う程の俊敏さで男は接近。
「──口にすべきじゃないって、忠告したのにな」
寂しげな口調で言葉を漏らした直後、獣面の男は一切の
切り飛ばされた首は放物線を描いて飛び、地面に落ちた後も暫く転がっていく。人としての顔は崩れ、その輪郭を溶かした醜い頭蓋は何が起きたのかすら理解できていないようであった。
首を無くした肉体は断面から黒く濁った血を吹き出して倒れると暫くの間、
「さて、と……」
獣面の男は剣に付着した血を振り払い紫蘭の拘束を解く。余程長い時間吊られていたのだろう、手首周辺の皮膚は擦り切れうっすらと血が滲んでいた。
──足が着き難いだろうと踏んで
「まぁ確かに、血よりも肉片の方がありがたいんだけどねぇ」
そう。確かにありがたいのだが、此方が被るリスクが大き過ぎるのだ。
それにこのまま傷付いた彼女を放置すれば、間違いなくこの国は再建不能な程の被害を受けるだろう。正直なところ、
──衰弱しきった紫蘭と彼女の肉片を積めた箱を手に、獣面の男は現場を後にする。
……この深層街の住人にとって大事なものは己の利益になり得るものかどうか、ただそれだけ。だから、見慣れない背格好をした彼を気に留めるものは一人として居らず誰も彼もが無関心を貫いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます