第14話 真島伊織は待ち合わせる
出掛ける、というのはそれだけで偉大な冒険なのだ。
これは誰の名言だったか…………そう、俺だ。ついさっき発言した。
普段は家で適当なTシャツを着て、ぼさぼさの頭でスマホを眺めている訳だが、今日は流石にしっかりとした服を着て行かなければならない。
もし相手がそこら辺の適当な男ならば、俺はそこまで困らなかっただろう。そう、今日は違うのだ。両脇には有無を言わさぬ美少女、間に挟まるのはうだつの上がらない自称中の上の男……。ここで服選びを失敗してしまえば、見世物どころの騒ぎじゃあない。
ただでさえ美少女に注目して色んな視線が突き刺さるのに、「あれ、真ん中の奴微妙じゃね……?」「なんであんなのと……」なんてひそひそされた日には、俺はその場で踵を返してしまうかもしれない。
とにかく、ある程度は釣り合いが取れている服装を着ていくしかないのだ。
そう思い、昨夜透明な衣装ケースをひっくり返してせめて何か服がないかと漁ったが、出てくるのは中二病まっさかりで着ていたような髑髏のついたシャツや、謎にポケットの多いベスト。やたら固いジーパンに、いつつけるんだよというような安物のシルバーアクセの数々……。
呪いたい……過去の自分を……。
だがまあ、これが明らかにNGだということを理解出来るだけ、俺は成長したのかもしれない。
果たしてこれで明日大丈夫なのだろうか……。
とりあえずいつだかに買った黒の無地のジャケット……この中に白Tシャツでも着れば多少は見れる見た目になるだろう……多分。これで何とかなってくれ……。
◇ ◇ ◇
「お兄ちゃんが……土曜日に外出……?」
瑠香はこの世の終わりのような表情で、歯を磨きながら俺を見る。
「そんな顔するな、俺だって信じられん。だから、俺は今日は夜まで帰らねえから一人で我慢しろよ?」
「別にお兄ちゃんが居なくても平気だよ……それより、一体誰と…………あっ、まさか本当にこの間きた――」
「ああもういかなきゃ! じゃあな、瑠香! また夜に!」
「あ、お兄ちゃん! ……もう! …………気を付けてね」
下手に詮索されるのは面倒過ぎる。
俺は半ば強引に話を切り上げ、逃げるようにして家を出ると、鍵をかけて外へ出る。今日は電車に乗るからチャリはいらない。駅まで徒歩だ。
待ち合わせまで後十分……余裕で間に合うな。
「久しぶりに土曜に外出るな……信じられん。さて行くとする――」
と、その瞬間、隣の家の鍵をかける音が聞こえる。
コツコツと足音が聞こえ、塀から姿を現したのは、東雲氷菓だった。
「あ……」
「うわ、一緒になりたくないから時間ずらしたのに……何でいるのよ……」
可愛らしい白っぽいワンピース姿の氷菓に、俺は一瞬思わず見とれる。
すると、氷菓は胸元に手をやり、身体を捻らせて嫌な顔をする。
「……何見惚れてるのよ、やっと私の可愛さに気付いた? でもあんま見ないでくださいごめんなさい」
「う、うるせえ! お前がいつも以上に清楚な恰好してるから驚いただけだよ!」
「へえ、そうなんだあ、へえ~」
「うっぜえ……」
図星なのが本当にうざい……くそ……。可愛く成りやがって……。
「あんたは……まあ無難ね」
「そうっすか」
「ま、中学の頃のやばーい服でこられたらどうしようかと思ってたから助かったわ」
「うるせえな、さすがにわかるわ! ……てか、俺の服装なんて殆ど見たことねえだろ、一緒に遊んでねえし。いつ見てたんだよ」
「う、うるさいわね! 隣なんだから嫌でも見えるのよ!」
そう言って、氷菓は俺に先行してズンズンと駅へ向かっていく。
と、少し歩いたところで振り返る。
「どうしたんだよ」
「き……昨日のは言わないでね、あの子には」
「昨日?」
「だーからー! 昨日の夜のやつだって!」
「あぁ、あの氷菓ステップのことか」
「変な名前つけないでよ!!! ああもう!」
氷菓は本気で死にそうなほど悲しそうな顔をし、顔を赤く染める。意外に可愛いな……これでこいつの弱点を一つ握ったぞ。どうせなら動画撮っておけばよかったな。
「悪い悪い……言わねえよわざわざ」
「本当?」
「当たり前だろ」
言ったら後が怖いからな。何されるか分かったもんじゃない。使うとしたら背水の陣だ。
「なら良かったわ……。さ、さっさと行くわよ」
「へいへい」
◇ ◇ ◇
「おはよ、伊織! 氷菓ちゃん!」
駅前で元気よく挨拶をしてきたのは、ショートパンツに爽やかな丈の長い青いシャツ、可愛いポーチを身に着けた、割とボーイッシュな恰好をした美少女――――雨夜陽だ。
「おっす……」
「元気ね、朝から」
俺は思わずその健康的な美脚に見惚れる。
なんだこいつ……脚ながっ! 白っ! 学校よりメイク可愛い!
もし都心に行こうものなら、恐らくスカウトマンたちがパチンコ屋の開店前くらいの長蛇の列をつくることだろう。
「二人で一緒にくるなんて仲いいね」
「「たまたまあっただけだよ!」」
「あはは、面白いねえ」
「からかってんだろ……」
「家が隣なんだからしょうがないでしょ! 変なこと言わないで、帰るわよ」
「わーごめんごめん! もう言わないから!」
なんだかいつの間に仲良くなったやら、氷菓と陽の雰囲気が少し柔らかくなっている。
映画終わったらいよいよ本当に仲良くなりそうだな。……また俺がボッチに戻ることになるなこれは。
「あ、伊織の服いいね、普段よりちょっと大人っぽい」
「そ、そうか?」
「うんうん、ジャケットとかやるねえ~」
「これしかまともな服がなかったんだよ……」
「似合ってる似合ってる、いいね!」
そう言って、陽はグッと親指を立てる。
一番無難なシンプルな黒いジャケットを選んできたが、どうやら正解だったらしい。これで下手に浮くことは無いと信じたい。
「わ、私も悪くないとは思ってたわよ」
「何を張り合ってるんだ……」
「張り合ってないし。変な誤解されたらいやだから訂正しただけよ」
「そ、そうか……」
何だ誤解って……。
「ふふふ。ささ、映画見に行こう! 二駅だからすぐだよ!」
「良く知ってんなあ、転校してきたのついこの間だろ?」
「確かにそうね。地元でもないのに」
「リサーチ好きだからさ。今日は任せてよ! 二人を誘ったのは私だし、ちゃんとエスコートするから!」
そう言って、陽はドンと胸を叩く。
「だってよ、伊織。あんたがエスコートしないでどうするのよ」
「うるせえ……俺にそんな甲斐性がないのはわかってんだろ」
「当然。最初から期待してないわよ」
「うざ」
「ほらほら、電車くるから! 行こう!」
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