第10話 雨夜陽は訪れる

「仲良く……――は、なれなそうだな」


 部屋の床に座りながら、俺はそう言葉を漏らす。


 なんか氷菓と陽はウマが合わなそうだし、そもそも陽は真の陽キャすぎる。あれだけ怒りを表に出してたのに、空気を読んですぐに怒りを収めた。


 コミュ力強者かよ。


 でもまあ……さすがにあれだけ氷菓側がつれない態度だと、陽も仲良くなれるとは思わないだろし。あれだけ正面切ってぶつかるのは労力もいるしな。俺なら今後の接触は避けるね。ま、俺にとってはどっちでもいいが――


「なんで? 仲良くなれそうじゃん!」

「――――――はぁ?」


 もう一度言う。はぁ?


 陽の顔は、満面の笑みだ。ニコニコとした顔で、どういう意味? っと不思議そうにしている。どうやら嘘ではないらしい。


「待て待て待て、さっきのやり取りを終えてなんでそんなさっぱりしてるんだよ……」

「えーだって、氷菓ちゃんもなんやかんや言って伊織のこと気にしてるみたいだし、そこら辺の共通点でかな……?」

「何言ってんだ……あいつは完全に俺を馬鹿にしてただろ、関心なんてねえよ。お前だってなんか怒ってくれてただろ」

「あれは言い方にムカーっときただけで……氷菓ちゃんも本心じゃないよ、きっと」


 そう言って、陽はうんうんと一人納得する。


 こいつ……心広いっつうか、鈍感っつうか……。まあ本人同士の話だし、俺の出る幕じゃないけど……。


「どうせ本心だと思うけどな、あいつのことだし」

「まあその時になったら嫌いになればいいよ。今はまだ出会ったばかりだし、信じてもいいかな」

「さいですか……つうか、なんであんな怒ったんだよ。別に父さんからもぼっちとか聞いてたんだろ? 俺も自分で言ってたことだしよ。今更他の奴に指摘されたってどうってことないだろ」


 まあ多少は心に来たが……。


「まあそこはさ……。自分で自分が嫌になって卑下することはあってもさ、人から言われるって嫌なもんでしょ? あーでもそれじゃあ怒るのは伊織か……うーん、氷菓ちゃんもいつもの軽口のつもりだったんだろうけど……なんでだろうね、久しぶりに会えたから嬉しくなっちゃったのに水差されたのが嫌だったのかなあ……。――あはは、わかんないや」

「わかんねえのかよ」

「ま、いいじゃん、もう終わったことだしさ!」


 わかるようなわかんないような……。こいつの中でも良く分からないんだ、俺にわかる訳がない。本当不思議な奴だよ。


 陽は俺を見て、ヘラっと笑う。


 よくわからんが……少なくとも、あの頃一緒に遊び駆け回った少年は、いま目の前にいると、しっかりと実感できた。


◇ ◇ ◇


 翌日――。


 結局陽はあの後引っ越しの後片付けが残っていると言って割とすぐに帰って行った。結局本当は何の目的で俺の家に突撃しに来たのかは分からずじまいだ。


 クラスの連中は、昨日俺の元に転校生――陽が来てどういう関係!? っと騒いでいた割にはもう興味は殆どないようで、特にその話題を振ってくることもなく平穏な一日のスタートを切れた。


 正直話しかけられたらどうしようと、自然な微笑みの練習を家でしてきて、それを瑠香に見られて心底軽蔑されるような視線を向けられたが、まあこの奥義を披露しないで済みそうで良かった。


 人間の興味なんてすぐに移るものなんだなとつくづく思う。

 ただ、朝から氷菓の目が痛い。朝の開口一番は「ふしだら、きもっ」だったし、休み時間の度に一ノ瀬梓と談笑をし、時折こちらを見て何やら嘲るような表情を見せる。


 大方昨日の話を面白おかしく言ってるとか、普通に俺の悪口を言ってるとかそんなところだろう。

 もう慣れたさ。


 まあ、今日は陽も俺の所には来てないし、あいつも俺に再会できて満足したんだろう。


 そうして昼休みの鐘が鳴る。


「――相変わらずボッチね。雨夜さんはどうしたのよ」

「あぁ?」


 あいも変わらず俺は通路側の最前席に座り、机に突っ伏しながら世界平和について思いをはせていると、昼休み開始早々、外へ向かう氷菓が俺に声を掛けてくる。


「知らねえよ、俺が知る訳ないだろ」


 すると、ムフーっと明らかにバカにしたような笑みを浮かべる。


「あらら~? 昨日あんな言っておいてもう放置されてるのあんた。ま、結局その程度ってことよ」

「うるせえなあ……そんなもんだろうが、幼馴染なんて。お前が証明してるだろ」

「その通り。ま、だから言ったでしょ、あんな可愛い子があんたなんか相手にするわけないって」

「言ったか?」

「言ったわよ! ……あれ、言ってないかも……とにかく、そういう事よ。ま、あんたもいい経験になったじゃない。一日でもいい夢見れて良かったわね」


 そう言って氷菓は髪を靡かせ、ルンルンな様子で跳ねる。


「……楽しそうっすね」

「そう? いつも通りよ」

「ねえ、氷菓~早く学食行こうよ~売り切れちゃうよ」

「はいは~い。じゃあね、陰キャ君。私は友達とご飯行ってくるから」

「へいへい、さっさと行ってこいよ」


 ったく、飯食いに行くだけでマウント取ってくるとか怠い女になったもんだぜ……。


「ごめんごめん、あず――」

「あー!! 氷菓ちゃん!」

「!?」


 と、いきなり角を曲がって飛び出してきた陽が、氷菓に飛び込み、その胸の中に顔を埋める。


「わお、いいクッション」

「な、な……何よいきなり!!」


 いいクッションだ……ゴクリ。


 胸で弾み、空を舞う陽のサラサラとした髪。


「あはは、ごめんごめん、勢い付きすぎちゃって……」


 陽の登場に、クラスがざわつきだす。


「あれ、また転校生来てるぞ?」

「やっぱかわいいなあ……」

「でも何しに……」


 氷菓は少し怪訝な顔をして、腕を組み、陽を見上げる。


「な、何しにきたのよ」

「あ、そうそう! 急いでたんだ! またね氷菓ちゃん」


 そう言って陽はくるっと向きを変えると、俺の机の方へと直進してくる。


 おいおい、おいおいおいおい、まさか……。


 そして両手をガンっと、俺の机の上に乗せると、そこに一つの弁当箱を置く。


「これは……?」

「一緒にお昼食べよ、伊織」

「ブッ!! はぁ!?」


 俺は思わずその発言に噴き出す。



「「「ええええええ!?」」」



 それとほぼ同時に、教室中がパニックになる程大きな声が上がる。


 どうやら俺の元にご飯を食べにくる奴――それも、噂の美少女転校生――がいることに盛大に驚いたようで、恐らく教室にいる生徒全員が漏れなくその声を張り上げた。


 その様子に、陽は困惑した様子でキョロキョロと周りを見回す。


「な、何この歓声は……?」

「お前のせいだよ、お前の!」

「えぇ……? 私?」


 本気でわかっていない様子で、陽はキョトンとしたままクルクルと弁当袋の紐をいじる。


「ちょ、ちょ……雨夜さん!?」

「はい?」


 氷菓が見かねて陽に声を掛ける。


「ななな、なにを考えていらっしゃいますの……?」

「何って、伊織と一緒にご飯食べに来たんだけど?」

「そうじゃなくって……!! 何でこんな奴とってことよ! 周りの反応も見たでしょ? あなたまで陰キャとかボッチとか、変なレッテル張られるわよ!?」


 おいおい、事実でも言っていいことと悪いことがあるぞ。まあだが、言ってることは間違いじゃない。ボッチの俺と食べるとか、罰ゲーム? と思われても仕方のない状況だ。なんなら俺が哀れみの目で見られる危険性まである。


 しかし、陽の答えは明朗快活だった。


「心配してくれるの? ありがとう! でも私は伊織と食べたいから」

「……!」


 ま、眩しい……!!

 俺は思わずその神々しさに、手で目を覆う。こいつの陽キャ度は計り知れねえ……!


「ぐ……でもっ――」

「何してるの氷菓。早く学食行こうよ」


 後ろで待機していた一ノ瀬梓も、いい加減飽きてきたようで氷菓に催促し始める。


「う、うん……」

「じゃあねえ、氷菓ちゃん! ささ、伊織食べよ!」

「お、おぉ…………ちょ、ちょっとここは目立つし他の所行こうぜ」

「いいね! 私学校まだ見て回ってないし!」


 俺は陽に手を引かれながら席から立ち上がる。

 俺たちは衆目を集める中、逃げるようにして(まあ俺だけだが)教室を出た。

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