第106話 散歩日和に歩きながら

 先に着替えて外に出れば、太陽の眩しさを感じる。

 春というには暖かすぎる陽気だが、夏と言うには少し物足りない。

 『5月』という時期にふさわしい気候なのかもしれない。

 すぐ目の前の公園の桜たちも、新緑から色を一層濃くしている。


「お待たせ」

「いや、あー……いま来たとこ」


 前にシアが言っていた言葉を思い出して言ってみる。


「う~~~ん」


 だが、当のシアは、なにやら思い悩んでいる様子。


「どうした?」

「ほら、これ」


 自分の服を軽く引っ張ってみせる。

 前のデートでも見たネイビーブルーを基調にしたワンピース。今日はカーディガンは着ておらず、髪もおろしたまま。

 でも、そのおかげか気安い雰囲気が出ていた。


「似合ってると思うけど……?」

「ありがと。でも、前にデートした時と同じ格好だから……まぁ、最低限しか持ってきてないから、服装のバリエがないのはしょーがないんだけど」


 そういうことか……。

 それを言うなら、こっちなんて何も考えずに以前と同じベージュのスラックス。上は半袖だけど、この前と似たようなダークネイビー色。

 服の種類はあっても、バリエーションが貧困だ。


「ま、ほら俺も似たような格好だし」

「おそろい?」

「そんな感じ」

「ん~……じゃ、よしとしよう♪」


 シアも納得したのか、俺の腕に抱きついてくる。


「さっそく?」

「そりゃもうっ、腕が組めるのは、今の季節までだもん」

「えっと……ああ、暑くなるからか」

「そんな感じ♪」


 俺の言い方を真似してウインクしてくる。


「でも、シアはくっついてきそう……」

「へっへっへ、バレたか」


 楽しそうにニンマリと笑いながら言ってのける。

 この辺も、以前よりも気安くなったように思える。

 腕に当たる感触に遠慮がないのは……以前からか。


「なんか必要なものってある?」


 とはいえ、あまり意識しすぎてもシアのペースに巻き込まれそうだ。

 商店街へと歩きながら、聞いてみる。


「あっ、シャンプーとコンディショナー欲しい」

「ああ、それは補充しないとまずいか」

「この髪だからねぇ」


 シアが長い髪をひと房つまんでかかげてみせる。

 お尻ぐらいまでありそうな黒髪だから、洗うのもひと苦労だろう。

 だが、しっかりケアしているのか黒髪は流れるような艶があり、みずみずしくほつれた様子もない。一直線に落ちる滝のようにも思える。


「そういえばさ。髪、長いのと短いの、どっちがいい?」

「急にどうしたんだ?」

「だって、明宮さんは髪の毛こんなに長くなかったでしょ。だからあのくらいの長さの方がいいのかなーって思って」

「髪の長さは……シアの好きな方で」

「うん、だからヒツジくんの好きな方で♪」

「そうくるか……」

「そりゃもちろん!」


 この恋人の基本スタイルは『俺のしたいことをしてくれる』だった。

 再確認してしまうと、胸の高鳴りと一緒に照れてしまう。


「やっぱり、シアは長い髪っていうイメージがついちゃってるから、そのままの方がいいかな」

「なるほどなるほど……黒髪ロングフェチってことなのかしら♪」

「そういうわけじゃないけど……わわっ!?」


 シアがイタズラっぽく笑うと、つまんだ髪のひと房を俺の頬に近づけてコショコショくすぐってくる。


「ちょっと、何やってんだ?」

「くすぐったい? お気に入りの髪の毛でサービスっ♪」

「サービスなのか……?」

「髪の毛が長いからできることだし!」


 できるできないで言えばそうだが、くすぐったさよりも髪からふんわり鼻をくすぐる爽やかで甘い香りにドキリとしてしまう。


「あ、かぐのは禁止」


 はっとしたようにシアが髪の毛を遠ざける。


「くすぐっといて?」

「だってなんか照れくさいし……」

「いい匂いだと思うけど」


 腕に抱きついたシアの頭に鼻を近づける。


「あわわっ!? そういうの、ダメでございますですよ!?」


 パッとシアが離れる。

 焦っているのか、変な口調になっていた。

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