第77話 今も、好きでしょ?
「さて」
帰りのHRが終わった直後に廊下に出たシアは、日辻に連絡をしてひと息つく。
とはいえ、本日はここからが本番だ。
もう一つ。昼に聞いた連絡先に、すでに連絡を入れている。
既読と『わかりました』の短い返信が来ていたから、あとは待ち合わせの場所に行くだけだ。
「……よしっ」
短く気合を入れると寄りかかっていた壁から離れた。
◇
生徒たちの生活範囲から遠い、校舎の外れにある非常口。
ほんの十ヶ月ほど前までは、昼間に人に男女が昼食を食べていた場所。
彼らの足も途絶えて久しいその場所で、シアは待っている。
非常口の扉を片方だけ開け、閉じた片方に背中をもたれると、投げ出した足で軽くリズムをとっている。
シアの表情は、どこか楽しげで歌でも唄い出しそうな様子だ。
だが、遠くを見つめるその瞳は、楽しさや嬉しさとは無縁で、どこかガラス玉のようにも見えた。
足音が聞こえる。
シアがリズムを取るのをやめる。
「ありがとう、来てくれて」
「……はい」
「座って座って」
シアの言葉に、やってきた生徒――明宮が隣に腰を下ろす。
「…………」
明宮は非常口から出た先の地面を見つめている。
午後になって雲が多くなったせいで、地面全体に影が落ちているように見えた。
「……話したいこと、とは?」
そのまま二人、しばらく黙りこんでいた。
沈黙を破ったのは普段、自分からは話さない明宮の方だった。
「ああ、ごめんなさい。こういう気分だったのかなぁって思っちゃって?」
「え……それは?」
「うん、明宮さんよくヒツジくんとここでお昼、食べてたよね」
「ど、どうしてそれを?」
目を丸くして驚愕した明宮がシアを見つめるが、シアは小さく笑っただけだった。
「たまたまね、知ってたのよ。ごめんね」
「……あなたは」
「もちろん、ぜんぶを聞いてたわけじゃないわ。でも、多少は知ってるの。あなたとヒツジくんのこと」
「……何を、言いたいんですか?」
今まではシアと話す時、明宮の声音には戸惑いが多くを占めていたが、初めてその声に警戒が混ざる。
「そんなに警戒しないで……なんて言っても無理かな。ただこの前、ヒツジくんがいたから、答えを聞けなかったことを訊きたかっただけ」
だが、シアはいつものように、あっさりとその声音を受け流す。
「『ヒツジくんと付き合おうとか、思わなかったの?』って聞いたよね」
「…………」
明宮はぎゅっと膝においた手に力を込めるだけで、答えなかった。
「ごめん」
「え?」
急な謝罪に明宮の肩から力が抜ける。
「あの時の私、少しだけ言葉を選んでしまったわ」
シアは笑顔のまま、それでも眉をひそめる。
おそらく、自分自身に対する自嘲でもあった。
「もっと素直にこう聞くべきだった」
シアはまっすぐに明宮を見つめる。笑顔を浮かべているはずなのに瞳だけ見れば憂いているようにも受け取れる。そんな表情だった。
「ねぇ、明宮さん。明宮さんは今もヒツジくんのこと、好きよね?」
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