元2位の俺は静かに過ごしたいのにカーストの上位らしき女子生徒が付け回ってくる。

荒音 ジャック

第1話・風紀委員に因縁つけられた

 三位一体世界……上の世界である天界、下の世界である魔界、そしてその境界に位置する人間界、天使は天国……悪魔は地獄……そうやって世界は均衡を保っているが、人間界を放逐することが出来なかった両者は人間たちに自身の力を与え、争わせ、謀ったが……人もそこまで愚かではなかった。


 力を授けられ、天界側と魔界側で組織化されていた人間たちは互いに協定を結び、争うことを止めて均衡を築き上げた。


 しかし、協定とはとても脆いものである……ほんの些細ないささかとイレギュラーで容易くも揺らぐモノなのだ。


 季節はGW間近の5月……C県・霧雨市、大きく進んだ都市化と程よい自然が残る住みやすい街にある公立・霧雨高校の昇降口前にて……

 

 登校時間ということもあって大勢の生徒が昇降口へ入っていく中、ひとりの男子生徒が藍色の猫のぬいぐるみの頭を模した仮面をかぶって左二の腕に風紀委員の腕章をつけた女子生徒に長さ1m近くの木刀を突きつけられていた。


 木刀を突きつけられている左肩にサブバックを背負った男子生徒の特長はうなじが隠れるまで伸びた黒髪を赤の帯を3cmの筒状のように巻いて後ろに纏めており、シュッとした顔立ちだが、気が抜けているような目つきの青年で自身より数cm背の低い木刀を突きつけてくる丸っこい黒髪ショートヘアの藍色の猫のぬいぐるみの頭を模した仮面を被っている女子生徒にこう言った。


「あのさあ……ここの風紀委員って転校生に対していつもこうしてるのか?」


 仮面の目の部分は穴が開いているが相手に自身の目元が見えないようにフィルターがついているため、瞳の色どころかどんな顔すらも解らないその女子生徒は周りにいる野次馬に目もくれずに答えた。


「鈴羅(すずら) 凪(なぎ)! お前の学校案内はこの日比谷(ひびや) 玲奈(れいな)が請け負っている。大人しくついてきてもらうか?」


 玲奈はそう言うと、凪は呆れたように少し上を向いてハアッと溜息をついてこう言った。


「悪いが案内役は既に間に合ってるし、職員室ぐらい自分で行ける」


 そう言って凪は玲奈の左肩を右手でポンと叩き、すれ違うようにその場を後にしようと玲奈に背中を向けて昇降口へ向かったその時……


玲奈は両手で木刀を握ってその場から飛びかかって凪の背中に斬りかかった。


 しかし、殺気を感知していた凪は振り向きながら地面についていた軸足の左脚の膝の力を抜き、ビュンッという風切り音をたてる上から振り下ろされた一閃をかわす。


玲奈(!?……かわされた!)


 凪は3歩ほど後ろに下がってから玲奈にこう言った。


「それをするってことはこの後の選択肢は2つだ」


 そう言いながら凪は包帯の巻かれた右拳をスッと出して人差し指と中指を順番に立てながら玲奈に警告する。


「1・ソイツをしまって自身の不甲斐なさを組織に怒られる。2・続きをやって朝っぱらから保健室または病院に送られる。自慢じゃないが俺は加減が下手くそだ。そのまま上(天界)か下(魔界)に送られることになっても責任は取れねえ」


 凪はそう言って左肩にかけていたサブバックをドサリと地面に置いてブレザーの右ポケットから蒼の焔の柄が入ったチューブバンダナを取り出し、ネックウォーマーをつけるように首にはめ、マスクのように口元を覆う。


 そんな臨戦態勢に入った凪に対して玲奈は構えを解かない。

それは凪に勝てる手が頭に浮かんだのではなく。自身の事を嘲笑する人間たちの顔とそれを許せない自分だった。


 玲奈は両手握る木刀の刀身を右肩に乗せるように構え、屈むように姿勢を低くし、限界まで曲げた体のバネを離すようにその場から凪に飛びかかる。


凪「見えた!」


 右肩から振り下ろされる一撃に対し、凪は仁王立ちの体勢から白刃取りでバチィンッと玲奈の一撃を受け止めた。


 見事な白刃取りを決め、目元とだけでドやる凪だが、玲奈の握る木刀のグリップ部分からカチンと何かが外れる音がした。


 そして、刀身と柄の隙間からキラリと金属の光沢が煌めき、凪は驚く。

玲奈は刀身が掴まれた木刀を左斜めに振りぬくように振ると、木刀だと思われたそれが日本刀へと変わっていた。


「仕込みだと!?」


 鞘となっていた木刀の刀身を離しながら凪は驚きの声を上げると同時に玲奈は左脇を閉めて右から左へ薙ぎ払うように振りぬく。


 凪はそれに合わせるようにスーッと息を吸って両足で踏ん張って右腕を前に左腕を後ろで十字に組んでその一撃を受け止めた。


 刀を生身の腕で防いだら腕が切り落とされるはずが、凪はブレザーの袖が破ける程度で済んでいる。籠手でも仕込んでいるのだろうか?


「刃引きしてあるとはいえ、威力は洒落にならねえの……な!」


 凪はガードに使っている両腕を押し上げるように上に挙げてそのまま円を描くように右拳を脇に構えて突き出した。


 だが、踏み込みが不十分だったのか? その拳は玲奈の左脇腹にポスッと押し当てられただけで玲奈はそのまま上段に構えた。


「警告だ! 今すぐ敗けを認めて武器をしまえ、じゃないとこの右手の爆弾を起爆する」


 凪は玲奈にそう言うが、凪が爆弾など大層なものを持っているはずが無いと見て解っていた玲奈はこう言った。


「自分が有利だと思っているのか? 私はいつでも刀を振り下ろせてお前は仮に左で2撃目を放っても間に合わない体勢だ」


 そう、玲奈の言う通り凪は今、右拳を放って体が伸びきっているような態勢になっている。格闘術の知識が無い人間でもその状態では何もできないのは明白だ。


 おまけに玲奈は既に日本刀を上段に構えていつでも振り下ろせる上に、凪が伸ばした体を縮めるように後ろへ飛んでも拳よりリーチのある日本刀なら即座に対応できる。


 そう言うこともあって玲奈が敗けを認めないことを悟り、凪はまたスーッと息を吸う。


「身体連破……」


 凪がぼそりとそう呟いたその時、ゾクッと背筋に悪寒が走った玲奈は凪が何かしらのアクションを起こすより先に先手を打とうと、凪の肩の骨を砕く勢いで上段に構えていた日本刀を力強く振り下ろすが、玲奈は気づいていなかった。凪の拳が自身の体に触れている時点で自身の敗北が決定していたことに……


「オーバードライブ!」


凪はそう叫ぶと同時に凪の右拳が触れている玲奈の左脇腹に右に捻じれるようにめり込み、凄まじい衝撃が玲奈の体に走り、足が地面から離れ、時計回りに回転しながら吹き飛んだ。


 衝撃で手放してしまった日本刀がガラァンと金だらいでも落ちたような重い金属音をたてながらレンガ貼りの地面に落ちる。


 吹き飛ばされた玲奈も凪から約3m離れた所まで吹き飛んで下腹部から走る激痛に起き上がれないでいた。


「……ッ!? 痛っ!」


 仮面でどのような表情になっているかは解らないが、まるで至近距離で爆発でも起こったのではないかと錯覚するような出来事に困惑している中、凪は口元を覆っていたバンダナを右手で下にずらして玲奈の日本刀を左手で拾う。


 凪は鞘を右手で拾って納刀し、まだ両手で左脇腹を抑えて悶絶している玲奈のところへ歩み寄る。


 止めを刺しにでも来たのかと思った玲奈だったが、凪は木刀を左手に持ったまま玲奈の頭を自身背中側に向けた状態で腰の部分に右手を通して小脇に抱えるように「よいしょ」と言って拾い上げた。


「このまま保健室に連れてってやるよ。ああ、心配するな。クラスの奴らには「勇敢な奴だった」って話しておく。今更だが、かわいいマスクだな。今度会う時は素顔も見てみたいぜ」


 凪はそう言いながら玲奈を保健室へ向かい、最早激痛で喋ることも出来ない玲奈は黙って凪に運ばれるしかなかった。


玲奈「……」


こうして、凪の波乱万丈な高校生活が幕を開けたのである。

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