6 不機嫌なままです


 さっさと諦めてしまった方が、今後庶民として生きやすいのだと思う。……けれど、心が追いつく訳ない。地獄を溶かして集めて固めたような貴族社会を思うと、反吐が出そうだ。


「宿の部屋は個室でいいですね?」

「寧ろ、身に余るほどでございます」


 敬語を使ってしまうのは癖で、どれだけ嫌いな此奴であっても変えられない。一応、本性はガサツな男なのだから気を使わなくてもいいと思うのだが。それでも、けじめとして敬語は使う。心の籠らない声で、尊敬も欠けらも無い調子で。……だって、嫌いだもの。仕方ないことだと思うはず。





 ――まあ、予想通りというか。真夜中に私の泊まっている部屋と扉が叩かれた。絶対にグレンあの男である。

 こういう場合は、扉を開けた方が良かったのだっけ。でも……彼奴と話すことよりも優先したいことがある。

 眠い!! そして、寝たい!!

  私は睡眠欲には打ち勝てない。わざわざ目を擦ってまで話す価値は無いのだ。これで不敬罪だと言われるのなら、寝ていたからと誤魔化せると思う。


 ただ、どれだけ私が寝ようと思っていても叶わないことはあるものだ。あの男は扉を叩いて、部屋に押し入ろうとしてきた。……殺されたいのだろうか。人が寝てる時に、特に淑女の寝室には邪魔してはいけないと習っているはずなのに。もしかして、私は淑女じゃないとでも思っているのか? 流石にそれは、プライドが傷つく。頑張って『完璧人形』と言われるまで演じていたのに、淑女どころか女とも思われていないのだろうか。

 だが、あの男と同衾はご遠慮願いたい。絶対に嫌だ。何だったら自害だってしてやる。

 何となくぼやける思考回路をフル稼働して、分かったことがあった。こっちが文明人だとしたら、彼奴は野蛮な原始人なのだろう。いやいや、本当に。そのぐらい、礼儀がなっていないのだ。


 まあ、起きたくないけども、不敬罪だと言われて罰を受けるのも嫌だ。下手な態度をとって罰金を取られたら困る。実はそれなりに金稼ぎして貯金するのが大好きな私。へそくりを一生懸命溜め込んだのに、くだらないことでぱあになるのは絶対に無理!

 教会に行ったら、貯めたお金で支援する気でいる。スラーヴァは南方の国だが、シンクレア王国と比べると非常に貧富の差が激しいのだ。スラム街が多く形成されており、孤児も大変多い。カタルシス教会では、スラムの子供たちを引き取って育てている。そういった事情もあり、私はこの教会になら追放されてもいいと望んだのだ。


 ……それにしても、その教会を選んだのは殿下だったのだけど。過去に私が殿下からお話を聞いて、素敵ですねと言ったことはあったけども。本心だったって言うのも認めるけど。

 何で殿下は、わざわざカタルシス教会を選んだのだろう? 最底辺ランクだから丁度いいと思ったのかもしれない。……わあ、なんか凄くむかつく。



「――ヴィクトリア嬢、起きていたら開けてください」


 ――あ、忘れてた。ごめんなさいね、グレン此奴の方が苛々していただろうに。


 扉を勢いよく開けると、鈍くゴンッという音がした。

 頬を引き攣らせながら外側を見ると、頭を打ったらしいグレンがいた。


「……あ、やばい……?」


 あんまり実感が湧かないが、スルーするより、こっちの方が不敬罪……なのだと思う。やっちまったなぁという感じはするから、取り敢えず部屋に引き摺っ入れて介抱することにした。






「――う……ん……?」

「ああ、起きましたか? ご安心ください! ただ、頭を打っただけでしたから! 私は見つけて、介抱しただけですからね!?」


 なんと、一時間もしない内に目を覚ましやがった。普通の人間なら少なくとも半日ぐらいするのに。……丈夫な頭で何よりだ。

 一応不敬罪と言われない為、事実を主張する。迷惑にならない程度の大声で、誤解を招かないように。


「くくっ……やっぱァ、お前、面白い奴じゃないか!」

「……気が狂いでもしましたか?」

「口調だけ整えたところで、本性は変わりゃあしないだろ?」

「……嫌な方。私も折角、口調を整えてましたのに」


 突然笑い出して、気が狂ったんじゃないかと思った。けれど、獣のような笑みを浮かべる此奴を見た途端に、何となく理解できた。

 嵌められたな、と。

 何しろ、此奴はあのの人間なのだから。相当面倒くさいことだろうと予想できる。


「一体何をお話したいのでしょう? までして、何がお望みかしら?」

「ああ、そりゃあ、昼間のことだよ」

「……昼間?」


 心当たりが一切無いのだが。本性はガサツで粗暴な男だというのに、また真意が掴めなくなる。……メレディスについて、話した記憶しかない。


「まさか、メレディスに関してですの?」

「あったりぃ! そうだよ、お前の弟――メレディス・オスカー・ルウェリン、彼奴の補佐そして護衛をしてやると言ったら、どうする?」

「――っ!?」



 なんなの、この男。なんなのよ。

 だって、この男はメレディスのことが嫌いで、だから助けるなんてことしないはずなのに。私が追放されてしまったからなの? 分からない。


「……但し、代償はそれなりにするぞ?」

「なに、が……?」

「お前を娶る。勿論、身の安全だって保証する。……さあ、どーだ?」



 ……そうして、メレディスが救われるなら。喜んでそうしていただろう。

 けれど、此奴の言葉に確信を持てない今は。


「――でしたら、契約しましょう。娶られたくはありませんが、メレディスを守って欲しいのです。……ああ、勿論、一筋縄ではいかないと覚悟していますわよ。でも、それはそちらも同じ。……よろしくて?」

「おっ、いいだろう。乗ってやるよ」



 賭けを、しましょう。



 紅も塗らないのに、赤く輝く唇が動いた。結果を求める為、私は諦めたくないから。

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