第25話 加入後の日常

浦和レッドドラゴンズ 練習場


春寒の残っている冷たい空気が体の熱気を奪う。


「ふぅ....いい汗かいたな」


連日密度濃い練習が出来て気分がとてもいい。次のメニューを確認しながら頬を伝う汗を拭う。


ピッチでは浦和から派遣された二軍の選手が無回転シュートの練習をしており、中々のものを繰り出している。


浦和に加入してから2週間がたった。皆との関係も良好で、練習場の雰囲気はかなり明るい。上達したいという意志がひしひしと伝わり、俺のモチベーションもうなぎのぼりだ。


スカウト組とも変な亀裂はない。早熟したサッカー大好きっ子が多く、こよなくサッカーを愛する俺にとって天国だ。


練習では自作したメニューをこなしている。戦術2個人技7フィジカル1というかなり偏ったメニューだがかなりの自信作だ。


最初の契約に書いてあるように、コーチ陣は俺の訓練内容には口を出さない。


コーチ陣は練習のサポートをして明らかな問題点をあげるのみ。自主性を重んじてくれている。


週三回の派遣二軍選手とは試合を想定した1対1を行なっている。フェイントや独特的なボールコントロールで変幻自在な動きみせ今のところ抜くことは出来ている。


またプロを翻弄するジュニアが居るとトップチームにも噂が広がっており、今度先輩を連れてきてくれるらしい。とても楽しみだ。


しかしながら身体能力が違いすぎて1対1で抜いてもすぐに取られてしまう。本当にフィジカルは一番の課題だ。


もしも身長が追いつくことがなかった時のことを考えて大柄な選手相手の対策を立てている。


改めて技術一辺倒のスタイルになるなと自覚する。まあ、今は時期的にも技術を鍛えるのが最適である為、そこまで気にしていない。筋肉はすぐに付くからな。


もちろんジュニア生と一緒に練習することもあるがやはり二軍でもプロの選手との練習が今の所一番実ある。


ジュニア生の形態は完全実力主義だ。アルファベットのAからDと4つに区別されており、それぞれのレベルに適した練習が行われている。


Aが一番難度の高いジュニアの集まるチームだ。レギュラー陣がここに所属している。例外としてゴールキーパーは別のグループだ。専属のコーチが居る。


幸運なことにジュンと一緒にAグループに所属する事ができた。最初の頃は数名の上級生が納得していなかったみたいだが練習でのパフォーマンスをみてすぐに口を閉ざし、今ではかなり仲良くしてくれている。


皆とても協力的で最近はぼっち練習は全くといっていいほどない。ボールを取りに行く時間すら無駄にしていないとても効率的なメニュー消費だ。



ちなみにワワちゃんとの関係はかなり進展した。毎日浦和に来てくれて練習前に少しだけ話している。


一緒にセルフィーとかも撮っていてよくジュンやジュニア生にからかわれる。でもお似合いだーと言われるのは嬉しい。


ワワちゃんもまんざらでもないみたいだ。顔を真っ赤にして俺の後ろに隠れてしまう。


彼女は埼玉にあるインターナショナルスクールに通うことになったそうだ。小中高一貫の私立国際学校らしい。彼女は今年から中一で俺より3歳年上の12歳だ。彼女も遅生まれなので丸々3年。


今は顕著に見える年齢差だが大人になったら全く気にならないレベルだ。べ、別にまだ関係が続くかは分からないが。


国際学校ということで日本語も少しは勉強するらしい。お母さんは旧友との再会で忙しいらしく日本語を教えて欲しいと頼まれた。


もちろん快諾したよ。え?そんな時間あるなら練習しろ?


その代わりにスペイン語をワワちゃんから教わるからいいんだよ。もう始めてるし。


とりあえずスペイン語と英語ができればヨーロッパでプレイできるだろう。世界の第一線でサッカーしている選手でこの二つの言語がどちらもできない人間はいない。


言語というのはとても大切だ。もしも同じレベルの選手が2人いるとしよう。もし片方が言葉に不自由している場合は余程の事がない限り出場する機会は与えられない。


少しレベルが下がっても言葉の通じる選手を選ぶ。


当たり前だ。サッカーというスポーツは流れがとても早い。時にはほぼ全力疾走している中、反射的に周りの協力を言葉で仰がなくてはならない。


国内と比べると2テンポ違う中で、拙い言葉をいちいち時間を掛けて発していたら勝てる試合も勝てない。


そのため彼女との時間はサッカーのためでもあるのだ。そう納得して一緒に過ごしている。


ワワは日本語は出来ないものの、スペイン語、英語、イタリア語といって3ヶ国語も喋れるのだ。


ヨーロッパでは珍しいことではないがそれでも日本人からしたら超人的に感じてしまう。


また最近はスポーツ栄養学を勉強しているらしい。アルロスさんの元栄養士の人から色教わってるとか。


今度お弁当とか作ってもらえないだろうか....。手料理.....。



「お疲れ様、ケイ君。あまり根を詰め過ぎない方がいいんじゃないか」

労いの言葉とスポーツドリンクを渡してくれるジュン。こいつは本当にいい奴だな。


「ジュン、サンキュー。そこまで負荷がかかるメニューじゃないから大丈夫だよ。時間がかかるだけさ」


「凄いよね。全部自分でメニューを考えるなんて。ケイ君のうまさの秘密かな」


「内緒だ。まぁ、真似るだけなら文句は言わないよ」


ジュンは最近よく居残り練習に付き合ってくれる。それを見た上級生もなぜか参加し始めている。


良い連鎖ではないだろうか。


弟のワタルも最近はサッカーに興味を持ってくれたみたいで四六時中ボールをクネクネしている。一体誰に似たのか。


ジュンの話だったな。彼は俺から見ても天才の部類に入る。生まれつき視野が広いのだろう。


俺もゼロ歳から認知能力を鍛えてきた。常人よりは圧倒的に俯瞰して選手を見ている。


一瞬の首振りで全体を記憶して把握するのも得意だ。視力も鍛えているので、遠くもよく見える。


あまり知られていないが、視力は筋肉と同じで鍛えられるのだ。幼少期からの縞模様を用いた訓練方法だ。詳細は端折るがそのおかげで抜群にいい視力を獲得している。


しかしそれでもプレイの端々に俺より広くピッチを見えている。負けてられないな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



あれから更に1週間経ち、新人戦まで残り10日だ。監督がジュニア生を集めている。大会に参加するメンバーを発表するのだろう。


6年生にも参加資格はあるが浦和の伝統で4年生と5年生しか選ばれない。全国規模の大会だが自主参加制であり、新人に実践を経験させるには丁度いいからだ。


「みんな集まってくれてありがとう。新人戦のメンバーを発表しようと思う。先週行われた紅白戦と今までの評価で決める。今回の大会には6年生は参加しない。浦和の伝統だ。それは次の世代を育成する為であり、試合でしか得られないものを探して欲しいからだ。」


彼は斎藤監督だ。元々はユースでコーチをしていたらしいが、今はジュニアの監督を任されている。いつもデータと睨めっこしているイメージだ。


「試合の中では自分に足りないものが浮き彫りになるだろう。足りないものにしっかりと向き合って欲しい。またベンチ入りは20名だが過酷な日程になる為ほぼ確実に皆の出番があるだろう。では発表したいと思う。」

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