ログ:御倶離毘(9)
「エリサ、五秒稼げるか」
「六秒までなら引き受ける」
腿に装着したホルスターに銃身を掠める。粘着弾の装填はこれだけで済む。機動力が駄目なら視覚はどうだ。頭部に光る眼光に向け弾丸を放った。すかさず次の弾を込め重ねて奴の視界を奪う。ピーニックとは同名の植物から取れる樹液を指し琥珀色の濃い液体は乾くと蓄光して怪しげな色彩を出す。要するに着色作用を持っている。着弾した顔面が琥珀色に染まり機械兵は動きを鈍らせた。作戦成功。エリサは剣に手を掛け踏み込んだ。
――返せ。この悪魔め。
憎悪を沸かし一閃を放った。「あ……」しかし衝撃的な映像がエリサの瞳に映ってしまった。予想外の事態にエリサは振り抜いた剣すら引かぬまま思考を放棄した。余りにも無残。機械兵は、人の死体を盾にした。言葉を失いエリサの意識が遠のいた。茫然のエリサを他所に機械兵は両眼の塗料を引き剥がす。
「下がれエリサ! チキショウめ」
髪の赤い影が横を過ぎる。彼の武器は剣から長柄に変形していた。金属同士の強く触れ合う音が鳴るたびに火花が散って闇夜の堂内がほんの一瞬明るくなる。機巧武器がゲイツの誇る最強武器。
「ゲイツ、無理だ……あなたにそいつは倒せない」
エリサは奴と交わした二、三のやり取りで学び取った。
――奴は一度も能動的に攻撃してない。
「何なんだこいつは、攻撃性がまったくない!」
息を荒げたゲイツは奴の間合いから離れた。そう、エリサがダメージを負わされたのはこちらが攻撃した時だけ。そしてゲイツには反撃すらせず防戦一方に徹している。まるで戦うまでも無いと言うかのように。
「……もう、十分だ、ということか?」
堂内の惨状に満足したと言わんばかりに機械兵の挙措は落ち着いていた。
『襲撃者ノ戦意喪失ヲ判定。マザーヘノ帰還ヲ開始シマス』
機械兵が音声を吐くと腕に掴んだ紗也を顎に
(あの体勢は……)
咄嗟に地面に這いつくばった。次の瞬間自分らの真上を機械兵が物凄い速さで飛び越えていった。館の雨戸を破り鋼鉄の巨体が屋外に向けて躍り出る。
「紗也、紗也!」
いつ意識を取り戻したのか鉄平の叫び声が奴の背中を追う。村には火の手が回り始めている。炎に映る機械兵の姿は森の中へと消えていった。逃げ惑う人々の阿鼻叫喚が館の外から聞こえている。
「畜生!」
鉄平が絶叫した。アオキ村は人を殺され村を焼かれ象徴までをも辱められて奪われた。これほどまでに屈辱的な敗北があっただろうか。鉄平の嗚咽が生存者のいない紗也の屋敷に響く。
「……取り返しに行く、紗也を、奴らから取り返しに行く」
「無茶だ。奴の戦闘力はこれまでの機械兵と桁違いだ。俺達ですら歯が立たな……」
「死んだも同然だ!」
血唾を飛ばし彼は怒鳴った。
「あいつは、俺の命なんだ。あいつの使命を全うするために俺は人生を捧げてきた。紗也、あいつがいなければ、俺は、死んだも同然だ」
鉄平は頬に血の涙を流している。愛する者のために死にたい、そんな強い感情をエリサはこの少年に感じ取った。しかし当の紗也は既に死んでいる。まったく理屈の通らない話である。
「ソヨカ、ソヨカァ……あぁ……」
部屋の隅ですすり泣く声。吾作だ。吾作が機械兵の残した死骸に取りすがっている。エリサが両断した体を片方しかない腕で必死に抱きしめて泣いている。彼の心はすでに壊れかけている。
「ソヨカ、ソヨカ、ソヨカ……」
ぶつぶつと彼女の名前を繰り返し呼ぶ彼の目にもはや精気は無い。鉄平が彼の元に歩み寄る。
「吾作」
「……鉄平サァ、触ってくやんせ。ソヨカの身体。まだ、温かいですよ、治療をすれば、きっと、まだ、助かる……ほら、この手、温けぇなぁ……」
吾作の様子を見て鉄平はその肩を抱き寄せた。吾作は鉄平の肩に手を回して天井を見上げる。
「だんだん、冷たくなっていくんかなぁ」
吾作が「鉄平サァ」ともう一度、呼びかけた。
「冷えた身体は、どこに命を求めるべきかね」
その言葉を残して吾作の腕がするりと落ちた。力なく身を預けた彼を鉄平はその場に横たえた。エリサの目に映っている彼らの後姿に推してはかるべきものは無い。鉄平の姿勢がにわかに伸びた。
「第三ガナノに向かう」
その瞳に宿っていたのは暗い影か。
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