第三章 魔大陸♂編

120話 魔大陸へようこそ

鋼鉄の車輪が回る。

 

砂煙を巻き上げ、魔導列車は走り続けた。

窓から流れる景色は緑豊かな大地から、石造りのトンネルへと姿を変えていく。


暗闇の中、風を切る低い反響音が鳴り響いた。


——ゴォオオオッ!


やがて暗闇が晴れ、そこに見えた光景は一言で表すなら要塞だ。


白銀の外壁に囲まれ、堅牢な建物がいくつも見える。

整備された道には、騎士や兵士が巡回し、街全体が一つの城のようだ。


駅のような建物が見えると、列車はゆっくりと速度を落としていった。

扉が開かれると、私はホームへ降り立つ。


「あぁ、肩がこりますね」


首を回し、身体の凝り具合を確かめる。


「尻がいてぇな」


金色の髪を手櫛でとかしながら、シャロンはお尻を押さえていた。


「…最悪」


ギルド職員のカミラは苦虫を噛み潰したような顔で悪態をつく。


「「…はは」」


私とシャロンは苦笑いを浮かべながら、彼女から視線を逸らした。


周囲は同じように肩や尻を擦る冒険者達の姿がチラホラと見られる。

そして、遠くから先導するような声が響き渡ると、人々はそれに釣られるように歩き始めた。


「おい、置いてかれないうちに行こうぜ」

「…はぁ」


シャロンの促しで歩き始めるが、カミラの足取りは少し重いようだ。

そんな二人を無視して、新しい世界に思いを馳せながら駅の向こう側に視線を移す。

 

最前線を連想させる要塞都市だ。

防衛に徹したような四角い建物はどれも頑丈そうで窓も少ないように見える。


「あれは何て都市なんですか?」

「ああ、エルハームだな」

「…へぇ」


生返事を返す。

だが、シャロンは面白そうに笑みを深めた。

そして、私を追い越すと振り返って口を開く。


「なぁ、そっちは貴族様専用の都市だぜ?」


そう言って、反対側を指差した。

そちらは白銀の城壁が魔導列車を守るようにそびえ立っている。


「…冒険者は外だぜ、外」

「まさか野宿ですか?」

「…そんなわけないじゃない」


カミラは呆れるように言うとため息を吐く。


「はは、歓楽街もある楽しい街だぜ」


あんたは酒と女があれば、どこでも楽しめそうだよな。


シャロンのくだらない会話に相槌を打ちつつ、人混みに紛れ込むと前へと進んでいく。

それからしばらくすると白銀の城門を抜ける。


そこはよく見慣れた街並みだった。

低くも高くもない城壁に囲まれ、石造りや木造の建物が入り交じる通りが続いている。

 

そんな通りに足を踏み入れると、行き交う人々の姿は様々だ。

冒険者や街人、女や子供もいる。

人族の方が圧倒的に多いが、獣人の姿も見受けられた。


「…なんか普通ですね」


もっと想像を超える風景を期待していたのだ。

列車の窓から見えた要塞都市の方が、まだ魔大陸らしい光景だったのだ。


だから、自然と呟いていた。


「…なんだ気づいてないのか?」

「…何をです?」


不思議に思って聞き返す。


「目を瞑りな」

「はい?」

「おもしれぇもん見せてやるから、瞑れよ」

「…はぁ」


言われた通りに目を閉じると、シャロンは私の手を取って歩く。


「カミラ、先にギルドに行っててくれよ」

「はいはい、まるでガキね」


彼女は呆れたような声で返事をした。


「ほら、アリスこっちだぞ?」


手を引かれるままに進む。


「開けんなよ?つまんなくなるからな」

「わかりましたよ」


投げやりに答えると歩みを進めるのだった。


やがて、行き交う人々の喧騒が遠ざかる。

草木の香りが頬をすり抜け、石畳の感触が土へと変わった。


「…外?」

「ああ、もう少しだぜ」


そして、少し歩くとシャロンは足を止めた。


「…いいぜ」

「ガッカリさせないで下さいね」


ゆっくりと瞼を開く。

目の前に広がった光景が、視界に飛び込でくる。


そこは丘の上だった。

なだらかな斜面の下には、乱雑とした町並みが城壁に囲われる事なく広がっている。

 

その遥か奥には山脈が連なり、青い空の中に黒ずんだ色を放っていた。


「…へぇ」


だが、期待を裏切る程の衝撃は得られない。

そんな私の心の内を読み取ったのか、


「山脈の上を見てみな」


彼女はニヤリと笑ってそう口にした。

言われるままに視線を向けると、


「…ん?」


何か黒い影が見える。


…いや、あり得ないだろ。


あり得ないから、認識する事なく見過ごしてしまったのだろうか。


そうあり得ないのだ。

山脈より遥かに高い建造物など。


「…あれは…壁?」

「…ああ」


そう壁だ。

スケール感の壊れた黒い壁が雲の先まで続いている。


それも見渡す限り一面。

全てを遮るようにそびえ立つ壁なのだ。


「…なんですか、ここは」


思わず口に出た言葉が震えていた。


「…知ってんだろ?」


彼女は楽しそうに目を輝かす。


「…魔大陸だよ」


それが最後の冒険の始まりだった。

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