109話 強敵との遭遇

冒険者の街


数日後…。


「…金がねぇ」

「……」

 

シャロンは、道のど真ん中で頭を抱えると、そう呟いた。


「私の薄い財布に、期待してるわけじゃないですよね?」


軽くなった腰袋を彼女に投げつける。

王都より相場が安いとはいえ、さすが歓楽街…。


寝て食べて飲み歩けば、ご覧の通りの有様だ。

…実に冒険者らしい生活とも言える。


「宝の地図もありますし、そろそろ行きますか?」

「宝の地図ねぇ」


彼女は、私の手に握られた薄い本に目を落とすと、鼻で笑った。

そこには中層部までの地図と、白紙のページがつづられている。


一昨日、「もうランク17?」と、呆れたように呟いたカミラから受け取ったものだった。


「…まあ、いいぜ。十分遊んだしな」

 

昨夜の事を思い出しているのか、その前の夜の事を思い出しているのか、満足感溢れる下品な笑みを浮かべていた。


身なりを整えて黙っていれば、深層の令嬢に相応しい美貌をしているのに、本当にろくでもない女である。


「それじゃ、支度をしてから行きますか」

 

そう呟くと、私達は歩き始めた。

目指す先は、中層部の第五階層。


宿に戻り、魔石を入れる大袋と大剣を背負うと準備は完了だ。

そのまま二人で宿を後にすると、大通りを抜けて夢喰いの大穴を目指す。


見渡せば、同じように大穴を目指して進む冒険者の姿が見受けられる。

この街では珍しくない光景だった。


「やっぱイカれてるよなぁ」

 

そんな人々を横目に、シャロンは楽しげな声でそう口にする。

 

「何がです?」

 

私は、不思議そうに首を傾げる。


「あいつらは上層かせいぜい中層だろ?何度潜ってもさ」

「…そうでしょうね?」

 

冒険者の装備や服は汚れており、武器には刃こぼれが目立つものが多い。


彼女が何を言いたいのかわからず、やはり私は首を傾げた。


「…お前といると退屈しねぇぜ」

 

そんな私を見て、シャロンは微笑む。

私は、そんな彼女を見つめると、再び前を向いて歩く。

 

「さあ、どうでしょうか」

 

私は小さく肩をすくめると、そう答えた。

そんな他愛もない会話をしながら、私達は大きく口を開く夢喰いの腹の中へと足を踏み入れた。


「やってんなー」


第一階層の広場で狩る冒険者を遠巻きに眺めながら、シャロンは愉快げに声を上げる。

時折、酒場で知り合っただろう冒険者が、私達に軽く手を振ってくる。


「あれは誰でしたっけ?」

「さあな?」


だが、酒場の記憶などいい加減なものだ。


そんなやり取りをしながら歩けば、第二階層へと到着した。

第一階層と変わらず、広場は冒険者で占拠されていた。


私達は中層部を目指して、まだ生体ピラミッドの頂点にいる道を歩いていく。


またしばらく道を進んだ時だった。


——きゃあああああ!!


突然、後ろから悲鳴が聞こえた。

振り返れば、女が巨大なゼリー状の物体に追われている。


それはアメーバのように、ゆっくりと地面を這い回りながら、こちらに向かって来ていた。

 

「おいおい、やべぇのがいるじゃねぇか…」

 

シャロンはその物体に見覚えがあるようで、顔を引きつらせる。

 

「…スライム?」

 

初めてそれを見る私は、唯一の知識と照合するように、その名を口にした。


「ああ、戦闘経験があるのか?」

 

私の知識と名称が合致したようで、彼女は期待を滲ませた声色で尋ねてくる。

 

「いえ、ただ知っているだけです」

「近づくなよ、飲み込まれるぞ」


シャロンが目線で示した先、透明なスライムの体内には、何人かの冒険者の亡骸が見えていた。

実にグロテスクな様子で消化されていく様子が、私の目を釘付けにする。


「何してるの!?逃げるのよ!?」


立ち止まる私達に、追われていた女冒険者が声をかけてきた。


しかし、彼女はすぐに口をつぐんだ。

私達が浮かべる、冷めた視線に気づいたからだ。


「…斬ってみても良いですか?」

「ははッ、斬れるもんならな」


私は、背中の大剣に手をかける。

シャロンは笑いながらも、腰から小さな筒を抜いて構えた。

 

「無理よ!吸い込まれるわ!」

 

その様子を見ていた女は、信じられないと言った口調で叫ぶ。


「体内にコアが見えるだろ?あれを狙いな。普通は届かないけどな」

「ああ、あれですね」

 

シャロンの返答を聞き、私は大地を蹴る。

それはまさに一瞬だった。

私は大剣を抜き放つと薙ぎ払う。


——ブチュッ

 

嫌な音を立てながら、スライムの体の一部が弾けた。

周囲に液体が飛び散り、溶かすように蒸気を噴出させるのを肌で感じる。

 

「……」

「……」

 

一瞬の間が流れる。


「…嘘!?」


女冒険者が口を押さえる。

 

「…斬れねぇはずなんだけどな」

 

シャロンが呆れた表情を浮かべる。


だが…


「…届かなかったか」

 

私の呟きを示すように、赤いコアの残るスライムは、急速に傷口を修復していく。

いや、液体ならば、傷でさえないのかもしれない。


「やっぱり無理よ!!早く離れましょう!!」

 

女性の叫び声が響く。

その時だった。

 

——魔導錬成


シャロンがそう唱えると、空中に放り出された液体が、弓のような形に変化した。

 

「俺に任せな!」

 

シャロンの視線が赤いコアを捉える。

彼女が弓弦を引くと、光の矢が生み出される。

 

それは魔力を溜めるように次第に大きくなり、やがて放たれた。

 

——パシュッッッ!!!

 

光を纏った矢が、一瞬にして真っ赤な核を貫く。

その一撃で、巨大スライムは動きを止めて、ドロリと形を失った。

それはまるで、地面に吸い込まれていくようだった。


「嘘?倒しちゃったの?」

「ああ」

「…ありがとう、助かったわ」

 

安堵した表情を浮かべる女性が、シャロンに駆け寄りお礼を言うが、その表情は暗い。

スライムの消化から吐き出された仲間達の亡骸が目に入ったのだ。

 

「…もう大丈夫だ」


シャロンは彼女に言い聞かせるように、静かに肩に手を回して囁いた。


「…うぅ」


その言葉を聞いてか、彼女は瞳から涙を流す。


その慣れた様子は、シャロンが幾度となく同じ光景を繰り返してきた事を、如実に物語っていた。

その瞳は、優しげな言動とは裏腹に、冷たい輝きを放っていた。

 

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