73話 シャロンとの出会い

私の目の前に立つのは、一人の美少女だった。

 

その美貌は、どこかの国のお姫様と言われても違和感がないほどに、整っている。

なのに、その口から吐き出される言葉は、とても粗暴だ。

そのギャップに、私は一瞬硬直してしまう。

 

「おい、聞いてんのか!?」

 

そんな私を睨みつける瞳も、美しい青色をしていた。

いや、今はそんな事はどうでもいい。

私は咳払いをすると、改めて問いかける事にした。

 

「…随分と口が悪いが、これはこれで楽しめそうだな。あんたいくらで売ってるんだ?」

 

素の口調で問いかけると、目の前の少女は睨みつけるように目を細めた。

 

「俺は売りもんじゃねーぞ」

「じゃあ、なんでここに座ってんだよ」

 

そう言うと、彼女はフンッと鼻を鳴らした。

 

「何を勘違いしてるか知らねーが、俺は客だ」

 

ああ、なるほどと思い、床に尻餅をつき震える男に視線を送る。


男はガタガタと震えていたが、その視線に気づいたのか慌てて何度も頷いてきた。


「ああ、それはすみません」

 

そう言って頭を下げながら、彼女の胸元と下半身を観察する。

 

胸は小振りだが形が良く張りがあるように見えた。

スカートから覗く足は長くしなやかで程よく肉がついている。


…どうやら本当に女性のようだ。


「わかりゃいいんだよ」

 

そう言うと、彼女は再びソファに腰掛けた。

周囲は私達の騒動のせいで、静まり返っていた。


「チッ、帰るか」

「シャロン様、申し訳ありません」

 

舌打ちする彼女に、案内人の男が頭を下げる。

そして、私の横を通りすぎようとした時だった。

 

「うん?おまえ、男か?」

 

私の性別を、疑問視するような言葉が、投げかけられる。

その言葉に、私は首を傾げる。

これだけ短く切り揃えた髪型を見て、まだ女に見えるのだろうか?

 

「…そうですが?」

「…へぇ…ソラみたいなやつだな」

 

シャロンは新しい玩具を見つけたように笑うと言葉を続ける。

 

「おい、おまえちょっと付き合えよ」

 

お姫様のような外見から出る言葉だが、口調が全てを台無しにしていた。


私は少し考える素振りを見せる。


「おいおい、こんなシケた空気で女漁りを続けるのか?」

「はぁ…」

「ほら、胸くらいなら揉ましてやるから、付き合えよ」

 

そう言って、彼女は私の腕を掴むと強引に外へと連れ出すのだった。


……

………


奴隷市場を出ると、私は細い路地裏に連れて来られていた。

周囲には酒樽が並び、昼間にも関わらず数人の男達が酒をあおって騒いでいる。

そんな場所に連れて来られた私は、周囲に視線を配るとため息をついた。

 

「安心しろよ、俺がおごるからさ」


そう言われて入ったのは、奴隷市場から少し離れた場所にある古びた建物だ。

看板には、大きくジョッキが描かれていることから、ここが大衆向けの酒場だという事がわかる。

 

中へ入ると、むわっとした熱気が、出迎えてくれた。

 

「騒がしい場所は好きじゃないんですよ…ってか、なんであなたと飲まないといけないんです?」

「つれねぇやつだなぁ、こういう出会いが、おもしれぇじゃねぇか」


おっちゃんエール2つぅ!と、大きな声で注文すると、私の手を引きテーブルへと誘う。

彼女の美貌に、周囲の視線が集まるのを感じながら、席に着く。


「俺はシャロン、あんたは?」

 

その言葉に、少し考える。


——こういう出会いが、おもしれぇじゃねぇか


確かに…。

俺は、こういう予想できない冒険がしたくて、あの壁を越えたんだったな。


「アリスですよ」

 

私は、微笑みながら答える。

すると、彼女は驚いた表情を浮かべた後、ニッと笑った。


「俺はここの生まれだけど、アリスは違うだろ?」

「故郷は忘れましたが、最近までエルムにいましたね」

「エルム?」

 

シャロンと名乗る彼女は、運ばれてきたエールに口をつける。

 

「ここより北のハーフエルフの国ですよ」

「…ああ、話だけなら聞いた事あるな。旅人かい?」

 

そして、一気に飲み干すと、おっちゃん、おかわりぃ!と声を上げる。

空いたグラスを、おっちゃんと呼ばれた店員に渡すと、またすぐに新しいエールが置かれる。

 

「いえ、冒険者になろうと思ってましてね、ここはただの寄り道です」

 

私はそう言うと、エールを口に含む。

独特な苦味があるが、クセになる美味しさがあった。

 

「おいおい、行き先は魔大陸だぜ?自殺志願かよ」


彼女はまるで見てきたかのように、笑い声を響かせる。

 

「楽しそうじゃないですか」

「へぇ…」

 

私の言葉に、今度は感心したような声を出し、観察するようにこちらを見つめてきた。

 

「…あんたエルフか?」

「エルフの耳に見えますか?」

 

私は、髪を耳にかけてみせる。

そして、自分の耳を触ってみせた。

 

「…まさか、魔族がこっちにいるわけねぇしなぁ」

「…魔族?…まさか見た事があるなんて、言いませんよね?」

 

私の問いかけに、彼女は肩を竦める。

この反応は、肯定だろうか?

 

「俺は、つい最近まで魔大陸にいたんでね…あんた、つえぇだろ」

「魔大陸に?冒険者なのです?」

 

外見だけなら、お嬢様にしか見えない彼女を見て、私は質問を重ねる。

 

「…貴族の義務って、意味わかるか?」

 

魔大陸と繋がらない言葉に、首を傾げる。

 

「…そうかい」

 

シャロンは、まるで深窓の令嬢のような顔で呟いた。


 

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