第26話 魔素の可能性 改稿

交易都市クーヨン 月乃亭


貴賓室と形容するのが相応しい部屋の一画。


天蓋付きのキングサイズのベッドは、大人二人が寝転んでも余裕がある程の広さがあり、部屋の半分近くを占めていた。


家具や調度品も一級品なのだろう。

細かな装飾が施された木製のタンスやソファ、テーブルなどが備え付けられている。


そんな室内のベッドに、小さな身体を預けた少女が寝息を立てている。

いや、正確には少女は眠っていないし、少女でもないのだが…。


…また目が覚めてしまった。


奴隷である俺が、なぜこのような場所で寝泊まり出来ているかと言えば、奴隷であるからと言うべきか…。

それは、俺を抱き枕のように抱き締めているこのご主人様に起因する訳なのだが…正直困るのだ。


何故なら、彼女は寝間着など持ち合わせておらず、寝る時には下着一枚になるからである。

側から見れば、美少女と美人が抱き合いながら眠っているという、夢の様な光景に映るのかもしれない。


だが、俺は男だ。

外見はどこからどう見ても、西洋人形のような少女にしか見えないのだが、胸は平らだし…ついてるモノがある。


そして、反応してしまう程度には、身体が思春期を迎えていた。


彼女の吐息が首筋に当たり、くすぐったさに身動きをするが、一向に離して貰えない状況が続いているのである。


滑らかな太ももが足を挟み込んでおり、身体の自由を奪うように腰に手が回されている。

密着した双丘は柔らかく形を変えていて、とても甘い香りが鼻腔をくすぐる。


挟み込まれた右手が、エリー様の下腹部に当たる。

その先には黒いショーツが一枚。


俺の指先が、布越しの感触を感じ取る。

頭の中で、理性が警報を鳴らしている。

少し指先を動かせば、彼女に触れてしまうのだ。


「エリー様…苦しいです…」

 

雑念を払うと、意を決して小声で呼び掛ける。

 

「…ん…」

 

寝ぼけたような返事が聞こえると、拘束が少し緩まった。


…早く改修工事…終わってくれないかな


こうして、今日もまた一日が始まったのだった。


……

………


「では、行ってきます」


まだ眠そうな様子のエリー様に告げると、宿を出る。

中央の広場には、早朝だというのに大勢の人が集まっていた。

恐らく朝市が、行われているのだろう。


「今日も串焼きにしようかな」

 

そんな事を呟きながら、商店街の大通りに向かって歩いていく。

 

「おっちゃん、いつもの」

「おう」


何気ないやり取りも、慣れてきたものだ。

肉汁滴る焼きたてを頬張りながら歩いていけば、南門が見えてきた。


今日も魔法の訓練を行う予定だ。

昨日はやりすぎてしまったから、気をつけなければ…。

そんな事を考えていると、門番達と目があった。

 

「おはようございます」


特にやましい事はないのだが、心象を良くしておくに越したことはないだろう。


「ああ、エリーさんとこの…」

「おはよう」


一人が返事を返すと、もう一人も軽く会釈を返してくれた。


奴隷紋の唯一の利点は、内周城壁の行き来がしやすい点だろう。

青く輝くそれは、主人の定めた範囲で行動している証なのだ。


…要するに人ではなく、物扱いとも言える。


「あっちには行くなよ」


そんな声が聞こえてきたので、彼の指差す方角を見る。

隊商宿の建ち並ぶ区画だろうか?


「何かあったのです?」

「はは、城壁が崩れちまったのさ」


…ああ、やましい事がありました。


「あれを崩れたって言うのかねぇ」

「おまえは、現場に駆り出されたんだったな」


ご愁傷様とでも言いたげな顔で、彼は言う。

 

「あれはまるで、突き破られたような…」

「はは、馬鹿言うなよ。あの分厚い石の塊をか?」

 

彼は笑い飛ばすように言い放った。


「…城壁って、そんなに頑丈なのですか?」

 

ふと疑問を口にしてしまった。

俺の言葉に二人は顔を見合わせて、怪訝な表情を浮かべる。


「そりゃあな…」

「破れるもんなら、戦争で苦労しないさ」


子供の戯言と受け取ったようで、二人は微笑ましそうに笑った。


「…破れないと?」

「聞いた事もないね。だから、こいつの勘違いなのさ」

「…まあ、確かになぁ」


俺は二人の会話を聞きながら、思案する。

…あの魔法は切り札として…


「そんな訳で、大急ぎで修復中だからさ。あっちには行くなよ?」

「ええ、わかりました」

 

俺は頷くと、その場を後にした。

昨日とは反対方向に、歩き出す。


もし、同じような魔法を使う相手と戦ったら…どうする?


「より硬い防御魔法を、イメージするか?」


いや、全てを斬るイメージに対して、全てを防ぐイメージなど、それこそ矛盾だ。


「なら…」


それとは別次元の魔法を、思い浮かべる。


両目に魔力を集中する。

随分と馴染んできたようで、周囲の魔素の流れがはっきりと見えた。


またしばらく歩くと、人気のない空き地に辿り着く。

俺は空中の魔素に、イメージを伝えた。


——バァンッ!!


激しい音ともに、上空に炎の球が出現すると弾けた。


「魔素は何にでも変化するんだな」


イメージを鮮明に伝えれば、望んだ現象が起きるのだ。


「…まさに魔法か」


今日も、魔法の研究を続ける事にした。

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