ご献上三角揚げ!

 ここの学校ってみんな小さい頃から一緒だから、ちょっとくらい学年が上でも、同級生の友達みたいに仲がいいんだよねえ。

 年上の子たちは、年下の子たちを可愛がる。だから、年下も年上も関係なく、みんな顔見知りだったりするの。

 二年前に転校してきたわたしには、他のみんなみたいに、学年関係なく顔見知り……みたいな友達はいないの。もちろん、みんなわたしにもすっごく優しいけどね。ちょっとだけ寂しいよね。

「紫苑先輩、この辺りの伝説とか昔話が好きなんだって」

「ああ~! お父さんが大学のセンセイなんだって! 昔のこととかを調べたりする人だって聞いたけど」

「そうなんだ! なんかすごいね」

「確かにちょっと雰囲気ふんいきちがうよね、他の男子より……ミント、もしかして……」

「え? 何?」

「紫苑くんみたいな子がタイプ?」

「タイプ?」

「恋愛のこと~!」

「ぶえええええっ? ないないない!」

 ビックリした! どうしてそうなるんだもえちゃん! ……そう言えば、もえちゃんって、不思議ふしぎな話と恋愛の話が大好きなんだった……!

「ちちち、ちがうよ! お城の不思議な伝説とかそういうのが好きみたいだから、もえちゃんと話があいそうだなあって思って! すごい難しい本とか読んでたよ!」

「ああ~。紫苑くんアタマのデキが違うからなあ~。わたしはスマホ派だし! 今のリアルな、最新の都市伝説としでんせつが好きなの!」

「そ、そっか」

 不思議だったら何でも全部一緒ってわけじゃ、ないんだね。

 そんな話をしてたら、バスが来た。

「とりあえず行こ行こ!」

 もえちゃんとわたしが話してる間、しゃがみこんで草をいじってたヨジロウを引っ張り起こして、わたしはもえちゃんの背中を押した。


 三人でバスに乗ろうとして、ヨジロウのバス代金もわたしが払うんだということに気付いちゃった。どうしようと思ったけど、お母さんが「もし何かあったら」って言って持たせてくれてた、バスの利用回数券があることを思い出して、なんとか乗り切った。


 料金は乗り切ったんだけど……。


「次は俺の方が速いってことを思い知らせてやるからな」


 ブロロロと音をたてて出発していくバスに、ヨジロウは腕組みして、おでこに血管浮き出るくらい睨みつけてそう言った。

 バスを見るなり、ヨジロウはすごくイライラしたような顔になって、中をキョロキョロ見回したり、「フン、なかなかやるな」とかつぶやいたり。

 そして降りるなり、さっきの態度。

 もう、恥ずかしいよう。

「ね。ヨジローくんって変わってるね」

「あ、あはは」

 もえちゃんがそっと近寄ってきて耳打ちしてきたのに、わたしは乾いた笑いを返すので精一杯だよ。

「ヨジロウ! 行くよ~!」

 声をかけると、ヨジロウはぴくんっと耳を動かしてこっちを見てから、とことこと着いてきた。

 わたしの家の近くのバス停とちがって、もえちゃんの家の近くはちょっとだけにぎやかで、家も多い。

 小さな駄菓子屋だがしやさんと、この辺り唯一のコンビニと、材木屋ざいもくやさんと、小さなホームセンターもある。昔はもっとたくさんお店があった、商店街だったんだって。

 そして何より、もえちゃんのお父さんのお店があるんだよ! 居酒屋いざかやさん!

 仕出しだしお弁当もやってるから、この地域で大きな法事があったら、もえちゃんのおうちからお弁当が出る感じなの!

「こっちだよ!」

 もえちゃんが案内してくれたのは、なんとそんなもえちゃんのお父さんのお店の、おとなりにあったお豆腐屋とうふやさんだった。

 こんな身近なところにあったなんて……。気にしたことなかったなあ。なんか恥ずかしい。

 大場おおばとうふ店と書かれた旗がひらひらとゆれてて、ガラス戸の入り口には「ご献上三角揚げ」と書かれた手書きの紙が貼ってある。

 ガラスの向こうは薄暗くてよく見えない。

「あっ! ここに書いてるね! ご献上三角揚げ!」

「そうそう! これこれ!」

 わたしがもえちゃんとキャッキャしてると、ヨジロウは目をキラキラさせてガラス戸にはりついた。

「ここにあるんだな!」

「あっ」

 突然もえちゃんが叫んだ。

「どうしたの?」

 もえちゃんが困った顔をして指さした場所を見ると、一枚の紙が貼ってあった。


 そこには「臨時休業りんじきゅうぎょう」の文字。


「え? お休み?」


 もえちゃんはしゅんとしてしまった。

「ごめん……わたし、知らなくて」

「ええ! もえちゃんが悪いんじゃないよ! お休みなら仕方ないって!」

 ガタンと音がして振り向くと、ヨジロウがガラス戸を開けようとしていた。

「開かないぞ、ミント」

「開いてないんだよ。今日、お休みなんだって」

「休み……だと……?」

「何よ、そんな死にそうな顔しなくても……」

「ああ~、ごめんね、ヨジローくん」

 もえちゃんったら、また謝って~!

「もえちゃんが悪いんじゃないったら」

「あっ」

 もえちゃんが、わたしの後ろを見て声を上げた。なんだろうって振り返ってみると、そこには同じ白花中学の制服を着て、大きなスポーツバッグを肩に引っ掛けた男子生徒が立ってた。

 この人はたしか、二年生の……

「ナツメくん!」

 もえちゃんが声をかけると、二年生男子――ナツメくんは、ぶすっとした顔のままもえちゃんを見た。

「おう」

 そうとだけ言って、お店の裏にある家の方に歩いて行こうとしてしまった。

 もえちゃんは、あわてた様子で、ナツメくんを追いかけた。

「待って、ナツメくん! 今日、部活どうしたの?」

 ナツメくんは、一度立ち止まって、不機嫌そうな顔のまま振り向いた。

「少し走って、早く上がらせてもらったの。家の手伝いがあるから」

「そうなんだ。ねえナツメくん、どうして今日、お店お休みなの?」

 ナツメくんは、むっとして無言でわたしとヨジロウを見た。

 ちょ……ちょっとこわい……。

「あっ! ミント、見たことあるよね? 小学校からずっと一緒だし、名前知ってると思うけど、大場ナツメくん。二年生。わたしの幼馴染。ナツメくんも、知ってるでしょ? 友達のミント! ……と、いとこのヨジローくん。ここのおとうふ屋さん、ナツメくんのお家なんだよ」

 もえちゃんが紹介してくれたから、わたしはあわてて頭を下げた。

 二年ってことは先輩だしね。ついついナツメくん呼ばわりしちゃったけど、ナツメさんだよね、ナツメ

「あいつのせいだよ」

 ナツメさんは、足元を睨みつけてひくく唸るように言った。

「え?」

「あの……赤ずきんの幽霊のせいだ」

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