第20話

「――ということで。エルフの国に行かないといけないから、二人の力を借りたいんだ」


「お姉さまお姉さま、どうする?」


「そうねぇ、魔王様の頼みだし……」


 アリアの作戦を行うにあたって、リヒトが声をかけたのはイリスとティセであった。

 相手がエルフということで、種族の近いハイエルフである二人しか頼める者がいない。


 エルフたちも、魔王や人間と話すよりかは何倍も話しやすいはずだ。


「ちなみに、料理人の引き抜きに成功したら、ディストピア食堂がかなり豪華になるらしいぞ」


「あら、それは素晴らしいですね。私以外に料理ができる人が増えたら、ディストピアのみんなも喜ぶと思うわ」


「……別にイリスが料理を作ってあげれるのに。魔王様はグルメな人。お姉さまもそう思うでしょ?」


「そ、そうね……イリスちゃんの料理は美味しかったり、特徴的だったり?」


 リヒトの一言によって、何とかやる気は引き出せたらしい。

 イリスは少しだけ不満そうにしていたが、ティセのフォローもあってすぐに機嫌を直す。


「それじゃあ、私たちはエルフの国へ付いて行けば良いのですね?」


「そうだね。もし何かあったらよろしく頼むよ」


「りょうかい。お姉さま、頑張ろう」


 二人の協力は、特に詰まることなく簡単に得ることができた。

 この日はディストピア初の遠征として、永く語り継がれることになる。



***************



「えっと……これは?」


「私たちのペットです、可愛いでしょう?」


「フェンリル――イリスたちはフェンちゃんって呼んでる」


 エルフの国へ行くための足として用意されたのは、伝説級の神獣であるフェンリルだった。

 正直に言うと、このフェンリルだけでエルフの国を支配できるかもしれない。


 アリアは支配することを望んでいないため、恐らくそのようなことにはならないだろうが、侵略者と勘違いされてもおかしくないほどの容姿である。


「安心してください、しっかりと躾てありますから。急に襲ったりなんかはしませんよ」


「……もしかしてビビってる?」


「び、ビビってないから……!」


 イリスとティセは、フェンリルを撫でたりして可愛がっているが、近くで見てみると腰が抜けそうになるほど恐ろしい形相をしていた。

 チラリと見えている白い牙は、どれだけ硬い岩でも噛み砕いてしまいそうだ。


 鋭く伸びた大きな爪は、軽く引っかかれただけでも致命傷となるだろう。


「あぁ、でも人間の味を覚えたフェンリルは危険という話を、どこかで聞いたことがあるかもしれません」


「お姉さま、フェンちゃんは人間の味を覚えてるのかな?」


「さぁ……でも、リヒトさんなら生き返れるし問題ないでしょう」


「俺になら何をしても良いと思ってないか? 食いちぎられるなんてごめんだぞ?」


 何やら恐ろしい情報がリヒトを襲う。

 生き返れるとしても、ダメージが無いわけではないため、できれば攻撃はされたくなかった。


「大丈夫ですよ。死ぬ時は痛みを感じる時間すらないでしょうから」


「そういう問題じゃないよ!」


「まあまあリヒトさん。落ち着いて落ち着いて。お姉さまの悪ふざけだって」



 イリスに背中を撫でられながら。

 なだめられるようにして、リヒトはフェンリルの上に乗ることになった。


 その背中は、三人が乗っても狭く感じるようなことはなく、文字通り世界が変わって見える。


「ほら、意外と悪くないでしょう?」


「そ、そうだな……迫力は凄いけど……」


 フェンリルが歩き始めると、その振動が電流のようにリヒトの体へ伝わってきた。

 二人のように可愛いとまでは思えないが、少しだけ緊張が和らいだ気がする。


「ただ、フェンちゃんが空腹状態の時は、乗ると怒りますから気を付けてくださいね」


「それをもうちょっと先に言ってほしかったのと、絶対に餌をやり忘れないように」


 それからは、フェンリルの機嫌をうかがいながら、エルフの国へと向かうことになった。


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