第10話

「おい、聞いているか? この墓に二人組が向かって来ているぞ」


「ああ。チッ、よりによって、こんな時に来るとは……夜は俺たち二人しかいないってのによぉ」


 英雄の墓場――ここは、偉大な功績を残した英雄たちの眠る場所であり、多くの人間たちが敬意を表す場所である。


 そんな墓場を守る墓守たちは、慌てて防衛の態勢を整えていた。


 信じられないことに、この地へ向かってくる怪しい影が、二人分発見されたのだ。

 偶然ではないと分かっていることから、英雄を踏みにじろうとする愚か者なのは確定している。


「恐らく、貴重な品を横取りしようとしている盗賊だろうな。罰当たりな奴もいるもんだよ」


「楽して儲けようとする魂胆も許せねぇが、英雄の持ち物に手をつけるってのはもっと許せねえ。とっ捕まえて処刑するべきだ」


 墓守たちは、怒りを動力源にして武器を持つ。

 これまでに何人かの墓荒らしを打ちのめしてきたが、その大半が盗賊紛いの輩であった。

 悪魔に魂を売った人間を、正義感の強い二人が許すことはできない。


 今回も同じように、捕まえて手を切り落とすだけだ。

 墓守の武器を握る手が更に強く握られる。



*****************



「――来るぞ。先手必勝だ」


「――おう」


 墓守は、待ち構える形で門の影に潜伏していた。

 入ってきた瞬間に、手に持った斧で体を両断する。

 一番手っ取り早い方法であり、一番自信のある戦い方だ。


 これまでに、この方法で盗賊を何人も葬ってきた。熟練のコンビネーションがあるからこそ、なせる技である。


「――今だ!!」


「――オラァ!!」


 二人は同時に斧を薙ぎ払う。

 そこにいたのは、どこかで見たことがある男と、娘ほどの年齢である少女だった。


 男の方は、見事な反射神経で斧を躱す。盗賊では有り得ないほどの身のこなしだ。

 冒険者として名を馳せていてもおかしくない――直感的にそう感じさせられた。


「――フェイリス!」


 しかし、少女の方には完璧に攻撃がヒットする。

 フェイリスと呼ばれた少女の肉体は、力を失ったように崩れ落ちた。


 ほんの少しだけ――墓守の中に罪悪感が生まれるが、命の奪い合いでそのようなことを考えている余裕はない。

 慌てて、墓守はその邪念を振り払う。


「……フフ」


 腹の中からはみ出てくる臓器を確認しながら。

 その少女は死んだ。


 残りは男一人。

 目をそちらに向けたところで、片方の墓守は体に起こる異変に気付く。



「うおおぉぉぉ!?」


「――ど、どうした!?」


 叫んだのは、少女を攻撃した方の墓守だ。

 腹を押えてうずくまり、目を見開いて苦しみ悶えている。


 男の方が何かをしたような様子はない。

 しかし、少女の方も既に死んでしまっており、こちらも何かをした様子はなかった。


「い、痛てぇ……いてぇ――」


 そして、フッと魂が消えるかのように墓守は倒れる。


「お、おい!?」


 近寄って確認すると――墓守は、腹部から臓器がはみ出るようにして死んでいた。

 先程の少女と全く同じ死に方だ。


「お前……一体何をしやがった」


「……なるほど。アリアが言っていたのは、こういうことだったのか……」


「わ、訳の分からねぇことを言ってないで答えろ!」


「《死者蘇生》」


 墓守の質問に答えず。

 男の方は、何やらおかしな単語を呟いた。


「……ふぅ。ありがとうなの、リヒトさん」


「そういう能力なら先に言って欲しいな……びっくりしたから」


「――な!?」


 墓守は驚きを隠せない。

 確実に殺したはずの少女が、何事も無かったかのように起き上がったのだ。

 腹部を見ても、臓器どころか怪我一つさえ見当たらず、時間が巻き戻ったかのようである。


「く、来るな!」


 腰が抜けてしまった墓守は、何とか手の力で二人との距離を離す。


 それでも。

 せっかく離した距離は、たった数歩で追いつかれてしまった。


「や、やめろ……」


「――アハハ。アハハハハ」


 少女はおぞましい笑顔を浮かべながら。

 墓守から奪ったナイフを、自らの首に突き立てる。


 殺すべき相手が死のうとしているが、墓守はそれを喜ぶことはなかった。

 自分に返ってくることを知っていたからだ。


 止めようとしても腰が抜け、恐怖で呼吸もおかしくなる。

 結局、その自殺を見ていることしかできない。


 そして。

 二人の視線が集まる中――少女は簡単に命を落とした。


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