第三章
シオン Ⅰ
今でこそこのような性格のシオンだが、パーティーから見捨てられる前はどこにでもいるごく普通の冒険者であった。
シオンのパーティーはリーダーで剣士の青年アルトと盗賊の気弱な女の子、魔術師の中年という四人で構成されていた。年齢も性別もばらばらだったが、たまたま実力が同じくらいで余っているメンバーを集めたらこの四人が集まったという訳である。
「とりあえずメンバーの実力を計るために一度ダンジョンに潜ってみよう」
アルトの提案に全員が頷く。彼は気さくで人当たりも良い青年だったため、自然とメンバーの中心に収まっていた。
ダンジョンは基本的に奥に向かうにつれて出会う魔物が強くなっていく傾向があるため辺境での魔物討伐と違い、突然強敵に遭遇して全滅、という事故が少ない。討伐依頼などによる実入りは少ないが、実力を測るのにはもってこいであった。
そんな訳で四人はダンジョンに進んでいく。最初は初対面のためぎこちない連携だったが、バットやコボルドといった下級魔物と戦ううちにだんだんお互いの実力が分かり、呼吸も合ってきた。
これならいけると進んでいった奥の階層で一行はミノタウロスというBランククラスの魔物に遭遇した。牛頭をした二足歩行の化物で、斧と鎧で武装しその一撃を受けると熟練の冒険者でも重傷を負うという危険な魔物である。
これまでの下級魔物と違ってランクの高い魔物の出現に四人の表情は一気に強張る。しかしアルトはひるまなかった。状況を分析してすぐに指示を出す。
「よし、お前は挑発して注意を引きつけろ! おっさんはその間に魔法でちょっとずつダメージを入れてくれ。シオンはあの子から目を離すな! ダメージを受けたら即回復してくれ!」
アルトの指示で盗賊の娘は魔物の気を惹く香をたきながらすばやい動きでミノタウロスの攻撃を引きつける。斧が当たりそうになることがあったが、すかさずシオンが魔法の防壁を張る。当時まだ大した魔力を持っていなかったシオンの防壁は一撃で破られるが、そのわずかな隙に彼女は身をかわした。時々かわしきれずに斧がかするが、その傷はたちどころにシオンが癒す。二人の連携は次第に深まっていった。
「フレイムアロー!」
その隙に魔術師が攻撃魔法を連射していく。ミノタウロスの頑丈な体と鎧のせいで致命傷にはならないが、傷は少しずつ増えていき、徐々にではあるが動きが鈍くなっていく。
そんな中、ミノタウロスの動きをじっと観察していたアルトはやがてミノタウロスの懐に飛び込むと、鎧が手薄な足を斬りつけた。彼はパーティーメンバーが戦っていた間にミノタウロスの動きを覚え、死角に入り一撃入れる機会をずっとうかがっていたのである。
ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
というすさまじい悲鳴を上げてミノタウロスが倒れる。
後は動けなくなったミノタウロスを四人でひたすら攻撃するだけだった。
そして完全に動かなくなったミノタウロスの死体を見てアルトは満足そうに言う。
「今の戦闘は皆大変いいチームワークだった。急造ながら俺たちは意外と戦えるじゃねえか。このままの調子で進むぞ!」
「あの、今も結構ぎりぎりの勝利だったしこれ以上は進まない方が……」
シオンは遠慮がちに止めるが、いい気分になっていたアルトは聞かない。
「何事にも勢いというものがあるんだ。大丈夫、今の俺たちなら行ける」
アルトの言葉に、駆け出し冒険者だったシオンはあまり反論できない。他のメンバーも特に反対しなかったため、一行はさらに奥に進んだ。
「お、この次宝物庫じゃないか!?」
さらに何部屋か進んだところで一行は”←宝物庫”と書かれたドアを見つけた。快進撃を続けていた一行は知らぬ間にダンジョンの深部に入っていたのだが、浮かれたアルトや経験が浅いシオンはそのことに気づいていなかった。
そしてその文字を見て盗賊の少女が目の色を変える。
「え、宝物庫!? やった!」
実はこの盗賊の娘は借金を抱えているらしく、冒険者を始めたのも一攫千金を夢見てのことらしかった。彼女は金に目をくらんで警戒を忘れたのか、小躍りしながらドアに手をかけようとする。
「お、おい、ちょっと待って!」
アルトは止めるが間に合わない。仕方なく力づくで止めようと前に出た時だった。突然ドアの脇に立っていた石像が動き出し、腕を振るった。
「ぐはっ!」
盗賊の娘はまるでボールのように吹き飛ばされてダンジョン内の壁に叩きつけられる。さらにもう一体の石像も動き出し、近づいてきたアルトを殴りつける。アルトはとっさに剣で受けようとするが、彼の剣(そこそこ高価なものだったらしい)はボキリと真っ二つに折れ、さらに受け止めきれなかったガーゴイルの腕があるとの体を殴りつける。
「何だと……」
アルトは折れた剣を見て呆然とする。体に受けたダメージよりも自慢の剣が折れたことの方が彼にとってはショックだった。
「大丈夫ですか?」
慌ててシオンは彼を助けようと駆け寄る。
が、アルトの動きは早かった。自慢の愛剣を折られたと分かったときの彼はすさまじい速さで割り切った。
「こいつには勝てない! 逃げるぞ!」
その決断は間違っていなかったが、言うが早いか逃げ出したアルト、吹き飛ばされていた盗賊の少女、そして元々後方にいた魔術師と違ってシオンはちょうどアルトを助けようと前に出たところだったため取り残される形になってしまった。
「え、嘘!?」
慌ててシオンも逃げようとするが、元々身体能力が高くない上に焦っていた彼女はうまく走れない。
「きゃっ」
シオンはガーゴイルの攻撃を避けようとして足がもつれて倒れる。そんな彼女にガーゴイルの攻撃が容赦なく迫る。
「そんな! 誰か助けて!」
シオンは叫ぶが急造のパーティーだったこともあり、他の三人は危険を冒してまでシオンを助けるつもりはなかった。避けきれなかったガーゴイルのかぎづめが彼女の体を切り裂く。ぱっと鮮血が辺りに飛び散った。
「そんな、いくら今日が初日とはいえパーティーってお互いが窮地に陥った時こそ助け合うものじゃないの? そもそも先に進もうって言ったのはアルトだし、ガーゴイルが動き出したのは彼女の不注意が原因なのに」
急速にシオンの中に負の感情が湧き上がってくる。
冒険者というのは何て身勝手な人たちばかりなのだろう。そんな人たちに付き合わされてこのまま死んでいくなんて耐えられない。
そう思った時だった。
突然、シオンの脳裏に声がした。
「力が欲しいか?」
「あ、あなたは?」
「我が名は復讐神ヘラ。もしお前が復讐のために正義神ジャスティンへの信仰を捨てると言うのであれば、力を与えよう」
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