皇女殿下の憂鬱と折れた牙(後)

「俺がこのパーティーのリーダーのゴードンだ。見たところ剣術と魔法を組み合わせた魔法剣士としては比類なき強さだ。ジルクを倒した手腕は素直に認めよう」

「随分上から目線の物言いだが、おぬしは私より強いのだろうな?」

「当然だ。皇女殿下に世の中は広いということを教えてやろう」


 そう言ってゴードンは手元に風属性の魔力を集め始める。ゴードンは地水火風の四属性の魔力を自在に使いこなす魔術師だ。あえて風を選んだのは風属性が一番致死性が低いと思ったからだろう。ゴードンの手元には集まった風属性の魔力は凄まじい濃度で凝縮されていく。常人なら触れるだけで吹き飛ぶだろう。


「ほう、ここまでの濃い魔力は初めて見た」


 それを見たオルレアも思わず感心する。


「いくら凄腕の魔法剣士だろうと近づかれる前に圧倒的な魔法攻撃で圧殺してしまえば関係ない……くらえ」


 ゴードンの言葉とともに濃い魔力の塊はオルレアに向かって飛んでいく。それは魔法というよりはただ魔力の塊をぶつけるという原始的な攻撃方法だった。


「なるほど、魔力を直接ぶつけることで魔法を斬ることを防ぐという訳か」

「そうだ。ジルク戦を見る限りそのくらいのことは出来そうだからな」

「無論できる」


 魔法というのは言うなれば魔力を入れて理想の形にする入れ物のようなものだ。そのため、容器が壊れれば魔力は霧散する。

 が、ゴードンほどの魔術師になれば魔法という入れ物がなくても魔力を意のままに操ることが出来た。


「だが、それなら魔力そのものを斬るのみだ」


 オルレアは飛んできた魔力の塊に向かって剣を振り降ろす。

 オルレアの持つ剣は皇国お抱えの鍛冶師が鍛え上げた業物で、様々な効果が付与されているが、一番強い効果は魔力を切り裂く効果である。本来は相手の魔法障壁などを破るための効果だが、オルレアは防御にも使いこなしていた。


 オルレアの剣が触れた瞬間、ゴードンが練り上げた超高濃度の魔力の塊はすさまじい破裂音を立てて爆散する。その瞬間、凄まじい暴風が周囲を吹き荒れ、周辺で戦いの成り行きを見守っていた騎士たちも巻き込まれる。魔法耐性がない者たちの中には吹き飛ばされる者もいた。


 そして防風が収まったが、中心地にいたオルレアは無事立っていた。


「何だと?」


 それを見て初めてゴードンの表情がさっと変わる。

 ゴードンは相手が皇族だからといって金がかかった勝負で手加減するような性格ではない。だから本気で攻撃をしたはずなのに、オルレアはそれを真っ向から受けて立っていた。オルレアの周囲の魔法障壁はゴードンの魔法を受けても無事なままである。


「何という魔力の持ち主だ……だが負けてたまるか!」


 再びゴードンは魔力を集め始める。


「今度はこちらから行かせてもらう!」


 今度はゴードンが魔力を集め終わる前にオルレアはゴードンの魔力に剣を振り降ろす。再び魔力は爆発したが、今度は先ほどまでの規模にすらならない。


「くそ……エアロブラスト・トリプル!」

「魔封斬!」


 慌てたゴードンは魔法を連射するが、それをオルレアは器用に剣で切り裂いていく。オルレアの剣に触れた魔法は瞬く間に消滅していった。こうなってしまえばゴードンはオルレアの接近を防ぐすべはない。


「これで終わりか」


 オルレアは少し物足りなさそうにゴードンに飛びよると、喉元に剣を突き付ける。

 それを見てゴードンはがっくりと膝をついた。何の小細工もなく、正面からの力比べに負けた。その事実がゴードンの心を打ちのめした。


「こ、これは……あれだ! あの魔剣が強すぎるからフェアじゃない!」


 ジルクが声を上げるが、オルレアは冷たい目で睨みつける。


「お前は冒険者と聞くが、魔物に負けた時もそのような言い訳をするのか? 装備を集めるのも冒険者の力量だろう」


 オルレアの言葉にジルクは一瞬で沈黙する。

 唯一直接敗北した訳ではないエルダは呑気に呟く。


「あーあ、オーレンがいれば負けなかったかもしれないのに」

「おい、いないやつの名前を出すな。大体、お前もあいつの追放には同意しただろ」


 オーレンの名前を聞いてゴードンは露骨に不機嫌になる。


「それはゴードンが決めたから仕方なくでしょ。大体あんたも偉そうなこと言って負けてるじゃん」

「何だと? もう一度言ってみろ」


 十三歳の小娘にいいようにあしらわれたという屈辱も手伝って“金色の牙”はみるみるうちに険悪な雰囲気に包まれる。オルレアは少しの間憐れむような目つきで見つめていたが、やがておもむろに言う。


「それでそのオーレンという人物はどこにいる?」

「噂によると辺境に向かったものと聞いております」


 エルダが答える。それを聞いたオルレアはいいことを聞いた、というように頷く。


「そうか。私は用がある故しばし皇城を離れる」

「殿下!? もしや辺境に行かれるおつもりですか!? 危のうございます!」


 騎士団長の表情が変わる。が、オルレアはそれを冷たい目で見つめる。


「そういう台詞は私より強くなってから言うがよい」

「……」


 先日ぼろ負けしたばかりということもあり、騎士団長はすぐには言い返すことが出来なかった。その隙にオルレアはさっさと城を出て行ってしまう。一応門番は止めようとしたが、数秒で吹き飛ばされているのが見えた。

 こうして、皇城を揺るがす皇女脱走事件の裏で、“金色の牙”はひっそりとSランクの資格を喪失したのである。

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