Sランクパーティーを追放されたが”氷の聖女”にヤンデレられて困っている

今川幸乃

序章

プロローグ 氷の聖女は俺の連れ

 冒険者ギルドの酒場は基本的にパーティーで飲みにくるやつが多い。仲間内で仕事が終わってその流れで飲みにくるやつが多いからだし、俺も少し前まではそちら側だった。今日はいつもよりたくさんの魔物を狩れたとか、珍しい素材を見つけたとか、あそこで下手を撃たなければ今頃大金持ちだったのに……とかそんな話で持ち切りである。


 そんな中、俺は一人寂しくカウンター席に腰かけていた。以前は仕事終わりに一緒に飲んでいたパーティーの仲間は今はもういない。

 そのためか、時折俺の方を寂しそうなやつでも見るような目で見てくるやつがいるが、俺は気にせず一人で飲んでいた。


「おい、お前まだこの街にいたのか?」


 そう言って声をかけてきたのはすでに酔っているのか顔を真っ赤にした小柄な男だった。

 踊り子でも買ったのか、傍らには胸が大きくて露出の多い布みたいな服装をした女性をはべらせている。女も酔っているのか、顔を赤くして男にしなだれかかっている。


 男は女をはべらせて気分をよくしているようだったが、よく見るとかつての知り合いだった。


「何だ、ジルクか」

「パーティーから追い出されて一人で飲むなんて俺には恥ずかしくて出来ねえぜ」


 そう言ってジルクが下品に笑うと、女もそれに合わせて笑う。


 このジルクという男は俺が少し前まで所属していたパーティーの一人である。役割は盗賊だが、強者に媚びへつらい、弱者を嘲る性格のおかげでパーティー内ではうまく世渡りしていた。もっとも、うらやましいと思ったことは一度もないが。


「連れと待ち合わせしているんだが、早く来すぎてしまってな」

「はあ? お前に連れなんているのかよ。そんなすぐ分かる嘘をつきやがって」


 そう言ってジルクは爆笑する。

 別にそんなくだらない嘘はついてないが、面倒なので俺はそれ以上反論もしない。


 が、そこで酒場の入り口の方がざわつく。耳を澄ませると、


「おい、あれは“氷の聖女”じゃないか?」

「突如現れて圧倒的な魔力を持っているけど誰ともパーティーを組まないって噂の!?」

「強いだけじゃなく、絶世の美女らしい」

「何でも、Sランク冒険者が勧誘してもその場で拒否したらしいぜ」

「お高くとまりやがって……でも、踏まれたい」


 などなど”彼女”に言及する声が聞こえてきた。

 若干変態も混ざっているものの、酒場の冒険者たちの話題は一気に“氷の聖女”に持っていかれる。”氷の聖女”は噂でささやかれている通り最近彗星のように現れた冒険者で、圧倒的な魔力を持つもののどこのパーティーにも属していないという。


「今度うちのリーダーも“氷の聖女”を誘ってみるって言ってたな。ちょうど誰かが抜けてパーティーに一人空きがあるからな」


 そう言ってジルクはニタニタと笑う。まるでお前が抜けてくれて良かったとでも言いたげだ。

 いい加減俺に絡むのやめろよ……と思ったが、そこでふと俺は嫌な予感を覚える。


「やめといた方がいいぞ」

「は? 何をだ?」

「“氷の聖女”を勧誘するのも、俺を笑い者にして楽しむのも、両方だ」


 確かにこいつはクズみたいな性格ではあるが、今まで一緒だったよしみもあるので俺は一応忠告してやる。が、彼は俺のせっかくの忠告を煽っているのと勘違いしたのか眉を吊り上げる。


「は? お前にそんなことを言われる筋合いなんてねえんだよ。一人で飲んでる癖に何でそんなに偉そうなんだ? それとも俺のことを嫉んでいるのか?」

「だから連れを待ってるって言ってるだろ。とにかくそういうのはやめといた方が身のためだからな」

「ふん、俺のことをひがんで突っかかるなんて哀れなやつだ」

「忠告はしたからな」

「何恰好つけてんだ? おいみんな、こいつパーティーを追い出されて一人で飲んでいるんだぜ」


 ジルクは酔っているのか、俺を指さして皆の笑いをとろうとしている。

 これは非常にまずい展開だ……主にこいつが。別にこいつがどうなろうと知ったことではないが、酒場で問題が起こるのは嫌なんだよな。


 そこへ噂の“氷の聖女”がこちらへ歩いてくる。彼女の名はシオン。きれいな銀色の長髪に人形のように整っている端整な顔。しかしその顔は同時に氷のような冷たさで、それもある意味人形のようだった。酒場だというのにきっちり黒を基調とした修道服を纏っている。基本的に良くも悪くも粗暴であけっぴろげな者が多いギルドの酒場の中で彼女の姿は異彩を放っていた。


 噂の”氷の聖女”を見ようと客たちの視線は一斉に彼女に集中する。羨望、嫉妬、憧憬、好意、劣情……視線の種類は様々だったが、誰もが彼女にくぎ付けだった。声をかけようとする者もいたが、彼女から発される人を近づけない雰囲気にあてられたのか、結局は言葉を飲み込んでしまう。

 そんなシオンにジルクは酔ったまま声をかける。


「お、噂の聖女様じゃないか。俺はSランクパーティーの“金色の牙”のジルクって言うんだが、ちょうど今メンバーに空きがあってよ……」


 そう言ってジルクが声をかけると、シオンの周囲の温度がどんどん下がっていく……ような気がする。周りの酔客たちも異様な雰囲気を感じ取って少しずつ距離をとる。この空気を感じ取っていないのはジルクだけだ。

 あーあ、と思うが俺はちゃんと忠告はした。


「……今言ったことは本当ですか?」


 シオンは”氷の聖女”のあだ名にふさわしい感情を感じさせない氷のような声で答える。


「ああ、本当だ。本当に俺は“金色の牙”の一員だ」

「……そうですか。では先ほどオーレンさんを嘲っていたのもあなたですか?」

「そ、そうだが」


 ジルクは困惑しながらも正直に答えてしまう。

 どうも状況をよく分かっていないらしい。

 今こそお得意の強者に媚びへつらうべきタイミングなのだが。


「そうですか……では容赦は不要ですね」


 そう言ってシオンは氷のような表情のまま手の中に黒色の魔力を集める。

 聖女には似つかわしくない闇の魔力は復讐の女神から授かったものだが、どう考えてもこの場で使っていいものではない。突然の魔法の準備に、酔って騒いでいた他の客たちも慌てて距離をとる。


「おいシオン、気持ちは分かるがここではやめとけって」

「いえ、オーレンさんを追放した上笑い者にするクズに、生きている価値はありません」


 俺がパーティを追放された時、たまたま助けた彼女はその後妙に俺に懐いてきた。ただ懐いているだけなら嬉しかったのだが、彼女の愛情はどう考えても行き過ぎていた。特に俺を追い出した“金色の牙”には親でも殺されたかのような憎悪を燃やしており、今も手の中に闇属性の魔力をため込んでジルクを抹殺しようとしている。


 だからあれほどやめとけって言ったんだが、こうなってしまうともはやこいつは俺の言うことも聞かない。



「エターナル・ダーク・フォース」



 シオンの魔力を受けたジルクはものすごい勢いで吹き飛ばされ、酒場の壁に叩きつけられた。


 バアン! 


 派手な音とともにジルクの体は酒場の壁に叩きつけられる。ジルクが飛んでいく途中にいた客の料理や食器もいくつか吹き飛ばされて床に散らばった。それまで皆が楽しく飲んでいた酒場は一瞬にして静まり返る。


「馬鹿! 時と場所を選べって言ってるだろ! すみません、今度弁償しますんで!」


 いたたまれなくなった俺はシオンの手を握るとそのまま店の外へと走り去る。

 シオンは一撃魔法を発射して満足したのか、それとも俺が急に手を握って動揺したのかされるがままに外についてきた。


「全く、いい加減それは直してくれ」


 店の外に出ると俺はため息をつく。

 こいつはいつもこんな感じだ。出会って日は浅いが、俺に絡んできたチンピラを本当に殺そうとしたこともあり、俺を守ってくれているはずなのに全く俺の気は休まらない。


 が、周囲に人目がないところまで歩いてくると、シオンの表情は先ほどまでの氷のようなものから急にだらしなく緩んだものに変わる。


「オーレンさん、会いたかったです。遅くなってしまってすみません」


 そしてえへへ、と笑いながら俺の手に指を絡めてくる。こうして見ると”氷の聖女”の面影はかけらもない年頃の娘そのもので、そんな表情を見せられるとついつい先ほどのような凶行も許してしまう。


「分かった分かった、ただ明日ギルドにはちゃんと謝りに行こう」

「はい、一緒にギルドに行きましょう」


 シオンはやけに“一緒に”を強調しながら言う。謝りに行く、ということも分かってもらえているのだろうか、ただのデートイベントか何かと勘違いしていないだろうか、と俺は不安になる。


「ところで勢いでギルドを出てしまったが、これからどうする?」


 今日はシオンが教会に呼ばれたとのことだったのでギルドの酒場で待ち合わせていたのだが、さすがに今から入り直す気は起きない。


「あの、よろしければでいいんですが……私の家に行きませんか?」


 シオンは少し恥ずかしそうに言って、上目遣いでこちらを見る。

 あんな魔法でSランク冒険者を吹き飛ばす割に家に俺を招く程度で恥ずかしがる彼女はとても可愛らしい。


「分かった、行こう」


 するとシオンは花が咲いたような笑顔を浮かべる。


「良かったです! さっきあのクズの隣にいた女の胸をじっと見ていた件、気になっていたのですが一晩かけて教育してあげますね」


 こいつ、表情と言っている内容が全く一致してないんだが。本当に、この見た目通りの性格だったらどれほど良かったことか。


 やはり最初に出会った時に可哀想な境遇にいたからといって甘やかすべきではなかったか。俺はこいつと出会った時のことを思い出す。

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