変態幼馴染な海月さん、構ってほしくてダル絡む

DuRA

1-1 【台風】



「ついさっき台風で大雨洪水警報が出た。親御さんの帰りか、家が近い者はもう帰るように」


そんな教師の一言を皮切りにクラスは『沸き上がった』。国民的アイドルの周年イベントライブの盛り上がりにもどこか似ているほど。普段の気だるげとした様子はどこへやらと思い思いに喜びを叫ぶ。


「なぁ、設楽」


困った様子の教師は、こめかみを掻きながらショートホームルームの準備をしろ。と指示を飛ばした。黒板右端から今日の日付を確認し、指定の生徒にプリントの配布を頼む。きっと明日は明日の出席番号がある。そしてそれはきっと永劫に不変だ。教師には日付の番号の生徒を選ばなければならないルールでもあるのかと疑りたくなるが、きっとそれほど深い考えがあるわけじゃない。じゃあなぜここまで思考を発展させるかと問われれば、趣味としか言えない。


「なぁ、なぁ」


授業がたったの三時限で終わることは、俺にとっても喜ばしい。平々凡々とした学生にとって勉学とは苦難であり避けたいものだ。この教室にいる大半の者もそうだからこそ、笑顔になっている。


「なぁってば。聞いてるのか?」


ただ、一部の者にとってはそうではない。それこそ将来のため少しの時間も無駄にできない、勉強に回したい。もしくは部活動が日々の支えになるほどに好きである、とか、そういった……我々ヒト科ホモサピエンスの中でも、だらだらぐだぐだとしている少しふまじめな者からすれば、変わっていると称されて賞賛される者。


「おーいー、無視をするなー」


もしくは後ろの席の女子生徒。


不機嫌そうな顔をした腐れ縁という名の幼馴染、海月戸倉は後ろから手を伸ばして俺の頭を掴んだ。後ろへと顔を向かされる。


海月戸倉。運動を苦手とし自宅に生息するヒト科のホモサピエンス。


「まったく空気の読めない台風だ、そうは思わないか? 私の生きがいを奪っていながらも—―窓の外を見ろ」


「⋯⋯見た。それが?」


「素知らぬ顔をしている」


「そうか。俺の目には激しい雨と突風で揺れる樹木しか映っていない。お前には何が見えている。ここは二階だぞ、人影もない。霊感にでも目覚めたか?」


「気分の話だぁ。まったく嫌になる。ああ嫌になる。四時限目が終われば昼休みだぞ、台風。聞いているのか、台風。設楽の胃袋を掴む貴重なチャンスがまた一つ失われた。好感度が下がる」


台風に耳はない。それよりも聞き捨てならないことが……なんてことだ、戸倉は人の好感度というものを可視化することが出来るのか。特殊能力者だったわけだ、そういった施設から脱走でもしたのか? 帰れ。


「変なことを言っていないで両親に連絡を送れ。俺はすぐに帰る」


「まあ待て、な? 少しくらい話し相手になってくれ。君はいうて家まで数分だろ、大して私は駅を使わなければならない程遠い。迎えが来るまでおしゃべりしようじゃないか」


「おしゃべりがしたいなら周りの男子か女子を頼ると良い」


「君ねぇ」


戸倉は眉をひそめて拗ねたように言う。戸倉は語尾が伸びる傾向にある。口癖というよりは口調に近い。


「君だから良いんだろうが。君『と』喋りたいんだ。誰彼構わないわけないだろう、私のことを尻軽とでも勘違いしているのか? 安心してくれ、私は絶対に不倫とかしない。二股なんて言語道断だ。そんなことがもしあれば私は自分で自分の舌を噛む。君一筋だ。……だから結婚しよう」


「流れるようにプロポーズするな」


「じゃあ分かった。仕方ないなぁほんと。結婚を前提としたお付き合いにしようか」


何一つ変わっていない。文は変われど内実は俺と戸倉のウェディング。


というか、もう周囲も何も言ってこなくなってきた。もう今更、戸倉の凶行を止めてほしいとは思ってはいないが、しかしこれは由々しき事態だ。慣れてきてしまっている。


「戸倉」


「なんだ?」


「俺は一人で生きて死にたい。だから結婚も付き合うとかもしない」


「知っているとも」


戸倉は続けて言う。


「けど私は君が好きだからな。そりゃあ色々したいのさ。したいから君をメロメロにさせるしかないだろ? 君の人生目標である『一人で死にたい』を私の魅力で私のことを大好きにさせてやろうという魂胆さ」


自慢げに戸倉は言う。戸倉自身がよく手入れをし自慢だと口にしている、長髪を持ち上げた。


「私の顔や身体、髪は全て君のためにある。そうは思わないか? 私は思う」


「直接的な表現にしていないことは褒めよう。公共の場であるということをやっと理解したか。返答としては……何一つ共感しない」


と、ポケットに入ったスマホが震える。戸倉を見れば手にスマホが握られていた。口元が不気味にニヤニヤとしている。


仕方なくスマホを起動して戸倉からのラインを見る。


『食べたい』


昼食のことだろうか、そうしよう。


と、新しくまた送られてくる。


『女が男を犯すのも結構アリだと思うんだ』


なるほど。犯罪を犯すと、そうかそうか。交番へと連行しよう。犯罪者予備軍がこんなところで見つかるとは⋯⋯被害者が出るまえに檻へとぶち込もう。監獄の飯も慣れれば美味いと聞く。幸せな獄中ライフを祈っているよ。くれぐれも他の囚人に迷惑はかけないようにな。


「そういうわけだ。付き合おう」


「どういうことだ? 断ろう」


「むー⋯⋯」


戸倉は唸り、腕を組む。ああじゃあ、と言った。良いことを思いついたとばかりに顔が喜色に染まる。


「私たちは友達だろ?」


「幼馴染、従妹」


「えー。それはかの高名な私とはいえ流石に傷つくぞ。泣くぞ?」


「⋯⋯友達だな」


そうだろうそうだろう。と戸倉は笑顔になって言う。


「私は思うんだ。『結婚を前提に恋人になってください』があるのであれば—―同時に『恋人を前提に友達になってください』もあって然るべきだ」


絶句する。こいつの脳みそは一体どうなっている。地球外生命体の可能性が浮上してきた。会話の節々から薄々と感じていたことではあったが。一体どこから地球へと来訪してきた?


「おっと、私たちは『友達』じゃないか—―。一応条件は満たしているなぁ?」


「幼馴⋯⋯従妹」


「もうワンランク下がるのか⋯⋯」


戸倉ははぁー、とため息を吐く。机へと倒れ込んだ。


「難易度が高いなぁ」


何も言わないでいる。戸倉は上目遣いに俺を見る。一応だけど⋯⋯と呟いた。


「恋人を前提に友達になってくれないか?」


天地が三回ほどひっくり返った後だったらな。


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